重賞連勝
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/06 03:52 UTC 版)
1月25日、アメリカジョッキークラブカップ(GII)で始動する。陣営は、クラシックを共に戦った松永を更迭し、代打河内の主戦起用を決断する。以後、河内が引退直前まで騎乗を続けることになった。相手には、GI優勝馬のイシノサンデーがいたものの不調の真っただ中、他はGII複数勝のローゼンカバリー、1600万円以下のキラージョーであり、秀一は「一線級ではない」面々だと認識していた。1.6倍の1番人気に推されての出走となる。再び最後方、スローペースを追走し、最終コーナーで大外から追い上げた。直線ではすべて差し切り独走状態、後方に2馬身半差をつけて先頭で入線。重賞連勝を果たす。 続いて3月22日、前哨戦の阪神大賞典(GII)に臨む。ここでは同期のシルクジャスティスとの対決が注目された。シルクジャスティスは、ダービー2着、菊花賞5着でクラシックは無冠だったものの、古馬相手の京都大賞典優勝、ジャパンカップ5着、そしてメジロブライトが回避した有馬記念を優勝、この年の始動戦として臨んでいた。2頭は3度目の対決だったが、古馬相手に地力を証明してからの対決は初めてであり、菊花賞からの成長度合いを測ることができる格好の舞台となっていた。ただし別定戦のため、GII優勝馬のメジロブライトは、斤量がGI優勝馬のシルクジャスティスよりも1キログラム軽かった。人気は2頭に集中したが、メジロブライトが勝り1.4倍の1番人気、シルクジャスティスが2.5倍の2番人気だった。 スタートからメジロブライトは後方待機、スローペースを追走する。シルクジャスティスは、メジロブライトの傍らで張り付いていたが、ペースが遅いことを察して、一転好位までポジションを上げていた。かくしてメジロブライトは、シルクジャスティスを視野に入れながらの追走となる。スローペースが続いたまま2周目の第3コーナーに達し、シルクジャスティスが早めにスパートして進出を開始、直線に入ってまもなく先頭を奪取し独走していた。一方のメジロブライトは、その外から遅れてスパートして追い上げていた。ほどなくして早めに仕掛けられたシルクジャスティスを捕まえ、並び立つことに成功する。ただしシルクジャスティスの抵抗が激しいために差し切るまでには至らず、競り合いとなった。この間に他すべてを置き去りにしており、一騎打ち状態だった。2頭の一騎打ちは優劣がつかないまま決勝線を通過するが、メジロブライトがハナ差だけ差し切っていた。重賞3連勝となる。
※この「重賞連勝」の解説は、「メジロブライト」の解説の一部です。
「重賞連勝」を含む「メジロブライト」の記事については、「メジロブライト」の概要を参照ください。
重賞連勝
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/13 00:38 UTC 版)
古馬となり1988年、京都競馬場で行われる金杯(西)(GIII)に2.2倍の1番人気に推されて出走。スタートから南井が促すも最後方に位置し、直線コースに入っても前に5頭ほどが進路を塞いでいたが、残り300メートルにてわずかにできた進路を突き、馬場の最も内側から伸びた。残り100メートルで他15頭をかわす「ごぼう抜き」で先頭となり、2着ハローポイントに4分の3馬身差をつけて勝利した。馬群を縫ったラストスパートは「驚異の」「恐るべき」「想像を絶する」と様々の表現で書き立てられ、鞍上の南井は「信じられない」「4コーナーでもう駄目だと思った」と振り返っている。辻谷秋人によれば、このころからタマモクロスは父と同様の「白い稲妻」もしくは「稲妻2世」と呼ばれるようになったという。 3月13日の阪神大賞典(GII)では7頭立ての1番人気に支持され、前年の有馬記念を制したメジロデュレンを人気で上回った。ダイナカーペンターが逃げて、マルブツファーストが2番手となり、1ハロン13秒台が連続する超スローペースで追走。終始かかっていたタマモクロスは、1周目スタンド前で3番手まで位置を上げた。最後の直線では、外をマルブツファーストに、内をダイナカーペンターに塞がれたていたが、2頭の間に割って入り、3頭が並んで追い比べとなったが、結局3頭並んで決勝線を通過。写真判定の結果、内のダイナカーペンターと全く同時に通過していることが判明し、重賞では1979年の福島記念以来9年ぶり5例目となる1着同着となった。
※この「重賞連勝」の解説は、「タマモクロス」の解説の一部です。
「重賞連勝」を含む「タマモクロス」の記事については、「タマモクロス」の概要を参照ください。
- 重賞連勝のページへのリンク