連席会議と「4金会談」の開催
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「全朝鮮諸政党社会団体代表者連席会議」の記事における「連席会議と「4金会談」の開催」の解説
4月19日から平壌の牡丹峰劇場(朝鮮語版)での連席会議で南朝鮮の41個の政党・社会団体と北朝鮮の15個の政党・社会団体から選出された695名の代表者が参席するのだが、これは当時南北を全ての左・右勢力の大部分を網羅していた。実際に南朝鮮からは南朝鮮労働党・勤労人民党など左翼系列の政党だけでなく韓国独立党・民族自主連盟など右翼系列の政党も参加しただけではなく、朴憲永・白南雲・金九・金奎植・趙素昻(朝鮮語版)などの有名人などの左翼及び右翼も参席した。 会議が試みられた19日には連席会議を導いてゆく主席団選挙、祝文・祝電の紹介があり、20日には休会、21日は金日成の「北朝鮮政治情勢報告」を試みて白南雲・朴憲永の「南朝鮮情勢報告」を行い、22日の討論では国際連合韓国臨時委員団の単独選挙実施を糾弾して5.10単独選挙の実施を阻止することは勿論南北全てから外国軍が直ちに撤収することに身を捧げると発表した。この討論を基礎に会議の最終日の23日、南北の代表者は分断を阻止するために各政党・社会団体の具体的な行動統一を規定する「南朝鮮分断断定反対闘争対策に関する協定書」と「朝鮮人民が自己の意のままに民主的選挙を実施して統一民主国家を創設する手法がある故に米ソ両国軍が同時に朝鮮半島から撤収すること」を公式に要求する「米ソ両軍政府に送る全朝鮮政党社会団体連席会議要請書」と共に「南朝鮮同胞に関する決定書」・「全朝鮮同胞に檄する」などが満場一致で採択された。. 連席会議が終わる4月26日から30日の間には金奎植が北を訪れる直前に提案した独裁政権排撃・総選挙実施・戦争防止方案準備など5項目を重点的に処理する「全朝鮮諸政党社会団体指導者協議会」(または15人指導者協議会)が行われた。この「15人指導者協議会」には南の金九・金奎植・趙素昻(朝鮮語版)・趙琬九(朝鮮語版)・洪命熹・金朋濬(朝鮮語版)・李克魯(朝鮮語版)・厳恒燮(朝鮮語版)(以上右翼)・許憲・朴憲永・白南雲(以上左翼)と北の金日成・金枓奉・崔庸健・朱寧河(朝鮮語版)(北は全て左翼)が集まった。一方これと共に金九と金奎植の要請で金九・金奎植・金日成・金枓奉の4金会談、金奎植と金日成の両金会談も行われた。しかし重要な話は、論議されることはなく、ここから金九と金奎植は、ただ1.南朝鮮に対する送電継続、2.延白水利組合(朝鮮語版)の解放、3.曺晩植の越南を認めることなどを金日成に披瀝し、金日成は1項目と2項目は受諾したが、3項目は異見があり、合意を得ることはできなかった。(しかし金日成は金九と金奎植が南朝鮮に帰還する前に農業用水を全部絶ってしまった。) そうすると4月30日、「全朝鮮諸政党社会団体指導者協議会」の名義で共同声明書が発表された。共同声明書には1.外国軍の即時撤退、2.外国軍の撤退後内戦が発生することのないことの確認、3.全朝鮮政治会議召集→総選挙により立法機関の誕生→憲法制定と統一政府樹立の4段階統一政府構成案、4.南朝鮮単独選挙絶対反対などの4項目が、盛り込まれた。しかし2項目目と3項目目は、北朝鮮では同意の得ることのない内容であった。.
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