豪潮ゆかりの寺とは? わかりやすく解説

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豪潮ゆかりの寺

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/01 06:39 UTC 版)

豪潮」の記事における「豪潮ゆかりの寺」の解説

専光寺熊本県玉名市) - 本尊阿弥陀如来明暦年間浄土真宗安養寺塔頭として発足豪潮律師生家であるところから、豪潮律師没後名古屋残されていた遺品遺作まとめて返送されて来たため、筆などの品々所蔵していたが、現在は玉名市市立歴史博物館こころピア」へ寄託し、同所にて保管されている。同寺の付近に史跡として弁財天古墳があることでも知られる霊験寺熊本県荒尾市) - 本尊薬師如来明治廃仏毀釈によって廃寺となり、寺歴不明寺伝の「悪魔祓い」でも有名であったともいわれ、この「悪魔祓い」の祭事は、同敷地内野原八幡宮に『風流』(県重要無形文化財)として今も伝わっている。 寿福寺熊本県玉名市) - 天長元年824年)に淳和天皇勅願寺として創建され、高瀬五ヶ寺にも数えられて有名であったが、明治廃仏毀釈によって廃寺となる。現在は役所跡地として小さなお堂木造観音像祀られ数体石仏が立つのみ。 比叡山延暦寺滋賀県大津市) - 本尊薬師如来天台宗総本山岩屋寺(愛知県南知多町)本尊千手観音霊亀年間715年)に天正天皇勅願により、行基開山したとされ、大同3年808年)に弘法大師空海逗留したするところから、裏山大師ヶ嶽山麓には五百羅漢像八十八体の大師石仏が立ち並び豪潮律師がこれらを開眼した空海護摩法に用いたとする伝説の「金銅法具類一式26器(鎌倉時代前期の作:重要文化財)を所蔵するまた、宝徳3年1450年)に大野城主・佐治盛光が五千四百六十三からなる一切経』(国宝)を奉納し、この『一切経』を豪潮律師学んで顕教密教二教奥義極め、後に念仏門弘宣した。知多四国八十八箇所・第43札所知多三十三観音・第25札所聖護院積善院準提堂(京都府) - 本尊準提観音五大力尊・役行者霊跡札所聖護院天明8年1788年)に内裏火災遭った際に、光格天皇仮住まいとなり、また、積善院準提堂は聖護院敷地内にあって光格天皇崩御後中宮欣子内親王出家され準提観音本尊として祀られた。光格天皇中宮欣子内親王は共に生涯わたって豪潮律師を師と仰ぎ、その信仰寄せていた。 長栄寺愛知県名古屋市北区)- 本尊準提観音戦災遭った大門焼け残り本堂再建された。光格天皇中宮欣子内親王より賜った本尊準提観音防空壕納められて無事であり、地元では豪潮律師偲んで豪潮長栄寺とも呼ばれる以前毎月3日に、豪潮律師小月命日縁日として法要が行われていた。 豪潮寺(愛知県名古屋市北区) - 本尊不動明王豪潮律師終焉の地に、没後150年記念してその遺徳を慕う信徒らによって創建された。豪潮律師時代から敷地内にあったとする石仏不動明王と、その目先にある二十件のみが地域一帯覆った戦災免れ現在の本尊不動明王木像)は、この地に祀ることを望んで自ら来たとするところから、地元では「火伏せの一願不動」として信仰集める。建立後文化4年1821年)作の等身大豪潮律師坐像奉納され豪潮律師遺骨納めた墓所もある。

※この「豪潮ゆかりの寺」の解説は、「豪潮」の解説の一部です。
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