豪潮ゆかりの寺
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専光寺(熊本県玉名市) - 本尊は阿弥陀如来、明暦年間に浄土真宗・安養寺の塔頭として発足。豪潮律師の生家であるところから、豪潮律師の没後、名古屋に残されていた遺品や遺作がまとめて返送されて来たため、筆などの品々を所蔵していたが、現在は玉名市市立「歴史博物館こころピア」へ寄託し、同所にて保管されている。同寺の付近には史跡として弁財天古墳があることでも知られる。 霊験寺(熊本県荒尾市) - 本尊は薬師如来、明治の廃仏毀釈によって廃寺となり、寺歴は不明。寺伝の「悪魔祓い」でも有名であったともいわれ、この「悪魔祓い」の祭事は、同敷地内の野原八幡宮に『風流』(県重要無形文化財)として今も伝わっている。 寿福寺(熊本県玉名市) - 天長元年(824年)に淳和天皇の勅願寺として創建され、高瀬五ヶ寺にも数えられて有名であったが、明治の廃仏毀釈によって廃寺となる。現在は役所の跡地として小さなお堂に木造の観音像が祀られ、数体の石仏が立つのみ。 比叡山延暦寺(滋賀県大津市) - 本尊は薬師如来、天台宗総本山。 岩屋寺(愛知県南知多町) - 本尊は千手観音、霊亀年間(715年)に天正天皇の勅願により、行基が開山したとされ、大同3年(808年)に弘法大師空海が逗留したとするところから、裏山の大師ヶ嶽山麓には五百羅漢像、八十八体の大師の石仏が立ち並び、豪潮律師がこれらを開眼した。空海が護摩法に用いたとする伝説の「金銅法具類」一式26器(鎌倉時代前期の作:重要文化財)を所蔵する。また、宝徳3年(1450年)に大野城主・佐治盛光が五千四百六十三巻からなる『一切経』(国宝)を奉納し、この『一切経』を豪潮律師が学んで顕教と密教の二教の奥義を極め、後に念仏門を弘宣した。知多四国八十八箇所・第43番札所、知多三十三観音・第25番札所。 聖護院・積善院準提堂(京都府) - 本尊は準提観音、五大力尊・役行者霊跡札所。聖護院は天明8年(1788年)に内裏が火災に遭った際に、光格天皇の仮住まいとなり、また、積善院準提堂は聖護院の敷地内にあって、光格天皇の崩御後に中宮の欣子内親王が出家され準提観音を本尊として祀られた。光格天皇と中宮の欣子内親王は共に生涯わたって豪潮律師を師と仰ぎ、その信仰を寄せていた。 長栄寺(愛知県名古屋市北区)- 本尊は準提観音、戦災に遭ったが大門は焼け残り、本堂も再建された。光格天皇の中宮の欣子内親王より賜った本尊の準提観音は防空壕に納められて無事であり、地元では豪潮律師を偲んで豪潮長栄寺とも呼ばれる。以前は毎月3日に、豪潮律師の小月命日を縁日として法要が行われていた。 豪潮寺(愛知県名古屋市北区) - 本尊は不動明王、豪潮律師の終焉の地に、没後150年を記念してその遺徳を慕う信徒らによって創建された。豪潮律師の時代から敷地内にあったとする石仏の不動明王と、その目先にある二十数件のみが地域一帯を覆った戦災を免れ、現在の本尊の不動明王(木像)は、この地に祀ることを望んで自ら来たとするところから、地元では「火伏せの一願不動」として信仰を集める。建立後、文化4年(1821年)作の等身大の豪潮律師坐像が奉納され、豪潮律師の遺骨を納めた墓所もある。
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