言語使用
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/27 07:49 UTC 版)
イベリア半島へのイスラム教徒の侵攻後、ロマンス語を話していたビシゴート支配層や一般住民は新たな支配民族のアラブ人に従わざるを得なかった。アラビア語はロマンス語を話す多くの住民にとっても、一般的な使用言語へと変わっていった。ロマンス語話者たちのある部分はキリスト教信仰を保持し続けた。彼らはモサラベ(mozárabe。アル=アンダルス・アラビア語ではmusta‘rabí、正則アラビア語ではmusta‘rab、どちらもアラブ化されたものの意)と呼ばれた。モサラベたちは公的な場面においてはアラブ伝統文化を受け入れざるを得なかったが、彼らの大部分は、アラビア語の強い影響を受けながらも、自分たちの共同体内部では彼らのロマンス語地域バリエーションを保持し続けた。彼らによって話されたこの口語ロマンス語は家族内や、彼ら自身のコミュニティでもっぱら使用され、社会的、商業的、文化的場面、つまり公的な場面や集団間においてはアラビア語が使われた。このモサラベにおける言語使用のダイグロシア状況は、後のイベリア半島のロマンス語の語彙の中に、上層語としてのアラビア語に由来する多くの痕跡を残すこととなった。 もともと特定の宗教にかかわりのある職業に結び付けられておらず、さまざまな住民(キリスト教徒のモサラベ、ユダヤ教徒、改宗イスラム教徒など)のそれぞれの固有言語であったものが、文化的、社会的、そして宗教的場面において、アラビア語あるいはラテン語によって、そしてある場合にはアル=アンダルス時代に、花開き、名声を獲得したロマンス諸語によって浸食され、そして置き換えられた。
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