藤村正太(ふじむら・しょうた)
1924年(大13)、京城生まれ。東京大学法学部卒。一高在学中の一級上には江戸川乱歩の息子である平井隆太郎がいた。麻雀が強いことでも知られる。
1949年(昭24)、川島郁夫名義で、「接吻物語」と「黄色の輪」が「宝石」の百万円コンクールで候補となり、「黄色の輪」が二等入選。
1957年(昭32)、NHKのテレビ番組「私だけが知っている」の脚本を山村正夫、鮎川哲也、笹沢左保、土屋隆夫、夏樹静子とともに執筆。
1961年(昭36)、「孤独なアスファルト」が第9回江戸川乱歩賞を受賞。
1971年(昭46)に刊行された「コンピューター殺人事件」が、1972年(昭47)に第25回日本推理作家協会賞の候補となる。
1977年(昭52)、肺結核の再発による肺性心により死去。
藤村正太
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1924年1月9日 - 1977年3月15日)は、日本の推理作家、小説家、放送作家。社会派推理小説の作家の一人。別筆名に川島 郁夫。
(ふじむら しょうた、略歴
京城府(現在のソウル特別市)生まれ。第一高等学校を経て東京大学法学部政治学科を卒業。
1949年、結核の療養中に本名の川島郁夫名義で投稿した「黄色の輪」が雑誌「宝石」の百万円懸賞に入選。
NHKの犯人当て推理番組「私だけが知っている」の脚本執筆陣に参加。
1963年、「孤独なアスファルト」で第9回江戸川乱歩賞を受賞。
著書
- 『孤独なアスファルト』(講談社) 1963年 - 第9回江戸川乱歩賞受賞
- 『外事局第五課』(文藝春秋新社) 1965年
- 『星が流れる』(学習研究社) 1967年
- 『コンピューター殺人事件』(講談社) 1971年 - 第25回日本推理作家協会賞 候補作
- 『死の三行広告』(青樹社) 1972年
- 『脱サラリーマン殺人事件』(講談社) 1972年
- 『特命社員殺人事件』(サンケイ新聞社出版局、文華新書) 1972年
- 『ねぶたの夜女が死んだ』(弘済出版社) 1973年
- 『女房を殺す法』(立風書房) 1974年
- 『原爆不発弾』(光文社) 1975年
- 『魔女殺人』(立風書房) 1975年
- 『黒幕の選挙参謀』(青樹社) 1976年
- 『謎の環状列石』(朝日ソノラマ) 1976年
- 『盗まれた表札』(朝日ソノラマ、読者への挑戦シリーズ) 1977年
- 『藤村正太探偵小説選 1』(論創社、論創ミステリ叢書) 2014年
- 『藤村正太探偵小説選 2』(論創社、論創ミステリ叢書) 2014年
麻雀推理シリーズ
- 『大三元殺人事件』(立風書房) 1972年
- 『九連宝燈殺人事件』(立風書房) 1973年
- 『死の四暗刻』(立風書房) 1974年
- 『必殺の大四喜』(立風書房) 1975年
- 『緑一色は殺しのサイン』(立風書房) 1977年
関連項目
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