欧米における家庭小説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/22 02:03 UTC 版)
アメリカにおいては、スーザン・ウォーナー(英語版)(筆名:エリザベス・ウェザレル)の『広い、広い世界(英語版)』(1850年)が少女を主人公にした少女小説の先駆とされる。ウォーナーの『広い、広い世界』は、当時のアメリカで福音主義運動の一環であった、『アンクル・トムの小屋』の作者ハリエット・ビーチャー・ストウらが担い広く普及していた、子供に宗教や道徳を教える日曜学校派物語(Sunday School fiction)と呼ばれるフィクションの一種である。家庭小説として深化させたのがオルコットの『若草物語』(1868年)であると言われる。1950年代からの伝統を汲んだリアリズムやユーモアのある家庭小説という文学的潮流の中から生まれた作品で、「十九世紀に人気があったセンチメンタルな婦人向け家庭小説をより易しくし、これにさらに、ロマン主義的な児童文学の要素を加えて、より低年齢層に向けたもの」と評価されている。 一般の出版社による児童文学も、日曜学校派物語より内容は豊かであるとはいえ、基本的な姿勢は変わらず、道徳や教訓が重要な要素であった。また、『若草物語』出版当時の南北戦争中から後にかけて、アメリカの児童向け出版社はおおむね、ボストンまたはニューヨークのアメリカのジェントリー(英語版)層による集団であり、伝統的なジェントリー的価値観も重んじられていた。産業革命以降、旧来のジェントリー層は没落しつつあり、アメリカ社会の価値観の多様化が進んでおり、ジェントリー層の出版人・児童向け作家たちは、アメリカ家国以来の社会秩序の根本になってきた、誠実、名誉、意思堅固、節制、慎み、正義といった、伝統的社会の基盤となるジェントリー層の伝統的価値観を次世代に教え、高潔な人格を育むことを大きな使命と考えていたのである。彼らの多くは牧師や人道主義的社会改革者で、オルコットもこの集団の一員であり、使命観を共有していた。オルコットは多くの短編の教訓物語で、「勤勉と愛が希望をもたらす」というパターンを繰り返しており、当時の女性の道徳であり、超絶主義の教育論者だった父のエイモス・ブロンソン・オルコット(英語版)の教えでもあった自己否定(欲望する自己の放棄・利他的な禁欲)の道徳の重要性を小説に書いた。また、『若草物語』は、作者自身の少女時代の体験をベースにしており、エピソードと人物にリアリティがあり生き生きしていると読者の心を掴んだ。 その後、スーザン・クーリッジの『すてきなケティ(英語版)』(1872年)やカナダのモンゴメリの『赤毛のアン』(1908年)などでジャンルとして確定されていった。 イギリスでは、伝統的な教訓物語から派生したものとして、メアリー・M・シャーウッド(英語版)の『フェアチャイルド家物語』3部作(en:The History of the Fairchild Family、1818年、1842年、1847年)やシャーロット・ヤングの『ヒナギクの首飾り』(The Daisy Chain、1856年)が、家庭小説の端緒となる作品である。
※この「欧米における家庭小説」の解説は、「家庭小説」の解説の一部です。
「欧米における家庭小説」を含む「家庭小説」の記事については、「家庭小説」の概要を参照ください。
- 欧米における家庭小説のページへのリンク