時間とエネルギーの不確定性関係
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/07 08:14 UTC 版)
「不確定性原理」の記事における「時間とエネルギーの不確定性関係」の解説
時間とエネルギーに関しては、観測量の分散に対するロバートソン不等式を論じることは一般にできない。それはエネルギー固有値が連続でかつ上限および下限を持たない量子系でなければ、ハミルトニアン ^H に正準共役な時間演算子 ^T は定義できないためである。もし考えている量子系においてエルミートな ^T が存在して [ H ^ , T ^ ] = i ℏ {\displaystyle [{\hat {H}},{\hat {T}}]=i\hbar } を満たすならば、任意の実数 k に対して U ^ ( k ) = exp ( − i k T ^ / ℏ ) {\displaystyle {\hat {U}}(k)=\exp(-ik{\hat {T}}/\hbar )} というユニタリ変換が存在する。これをあるエネルギー固有値 E に対応する固有状態 |E⟩ に作用させると、得られる状態は H ^ U ^ ( k ) | E ⟩ = ( E + k ) U ^ ( k ) | E ⟩ {\displaystyle {\hat {H}}{\hat {U}}(k)|E\rangle =(E+k){\hat {U}}(k)|E\rangle } という関係を満たすため、エネルギー固有値が E + k のエネルギー固有状態を得たことになる。しかし k は負の無限大から正の無限大の間の任意の実数値をとれるため、エネルギー固有値も連続的となり下限も上限もなくなる。安定した基底状態をもつ量子系ではエネルギー固有値は下限をもつため、エルミートな時間演算子は存在しないことが証明される。従って安定な基底状態をもつ通常の量子系では、時間とエネルギーに関するロバートソン不等式は意味を持たない。同様に、時間とエネルギーに関しては小澤の不等式も意味を持たない。 なお未知の時間パラメータ t {\displaystyle t} に依存する量子状態 |ψ(t)⟩ を量子測定して、その測定結果から t の値を推定する場合には、その推定誤差 δt とハミルトニアンの標準偏差との間に不等式 δ t ⟨ ( Δ H ^ ) 2 ⟩ ≥ ℏ / 2 {\displaystyle \delta t{\sqrt {\langle (\Delta {\hat {H}})^{2}\rangle }}\geq \hbar /2} が成立することは知られている。しかしこれはロバートソン不等式や小澤の不等式ではなく、量子推定理論のクラメール・ラオ不等式からの帰結である。 ハミルトニアン ^H によって時間発展した状態が初期状態に比べて有意に変化するには、 t ∼ ℏ / ⟨ ( Δ H ^ ) 2 ⟩ {\displaystyle t\sim \hbar /{\sqrt {\langle (\Delta {\hat {H}})^{2}\rangle }}} 以上の経過時間が必要である。この関係を時間とエネルギーの不確定性関係の一種とみなす場合もある。しかしエネルギーの標準偏差 ⟨ ( Δ H ^ ) 2 ⟩ {\displaystyle {\sqrt {\langle (\Delta {\hat {H}})^{2}\rangle }}} と、状態差が生まれるための経過時間 t との積の下限は ħ / 2 という普遍的な値を持たず、使用する状態差の指標等の詳細に依存する。 一方、エネルギーの測定誤差とエネルギーの測定にかかる時間との間には原理的な不確定性関係は存在しない。1930年のソルヴェイ会議でのアインシュタインとの不確定性原理の論争において、ボーアが測定時間とエネルギーの誤差の不確定性関係を破る光子箱の思考実験を論破したと言われているが、この時のボーアの議論は正確ではない。例えば重力場を電場に、光子を電子に置き換えることによって、光子箱と同様のエネルギー測定の思考実験が作れる。しかしこの場合は一般相対性理論を必要とせず、重力ポテンシャルと時間の遅れの関係式も不必要となるため、ボーアが考えた測定時間とエネルギーの測定誤差の不確定性関係は成立しないことが示される。他の物理量と同様に、エネルギーは任意の時刻で正確に測定できる。例えば一定外部磁場 B 中のスピン S が持つエネルギー H ∝ B·S の精密測定は、スピンの磁場方向成分の精密測定で実現できる。スピンの特定方向成分の理想測定はその測定時間に原理的制約を持たないため、いくらでも短い測定時間の間に磁場方向のスピンの精密測定はできる。従ってそのエネルギーも測定時間に関係なく精密測定ができる。 時間とエネルギーの不確定性関係のために短時間ではエネルギー保存則が破れるという説も流布しているが、それに根拠はない。フェルミの黄金律等の摂動論において議論されている有限時間でのエネルギー保存則の破れは、相互作用項を無視した自由ハミルトニアン ^Ho のみに対する議論にすぎない。相互作用があると ^Ho は時間的に保存しないが、相互作用項 ^V まで取り入れた全ハミルトニアン ^Ho + ^V 自体は任意の時刻で保存しており、エネルギー保存則は量子力学でも破れることはない。場の量子論では、エネルギー運動量テンソル演算子 ^Tμν を用いて ∂ μ T ^ μ 0 = 0 {\displaystyle \partial _{\mu }{\hat {T}}^{\mu 0}=0} という局所的表現でエネルギー保存則は与えられる。他の量子系と同様に、短時間でもエネルギー保存則が破れることはない。ファインマンダイアグラムを用いた摂動論において、仮想粒子が実粒子の間を媒介して力を伝達する事象をエネルギー保存則の破れで簡易に説明する場合があるが、厳密に言うとその破れは相互作用項を無視した自由ハミルトニアンの保存則の破れを指す。場の量子論においても相互作用項まで取り入れたエネルギー保存則は破れることはない。
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