日本の社会福祉学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/24 02:20 UTC 版)
「日本の福祉#歴史」も参照 日本においてもCOSの理論が入る以前より四天王寺四箇院をはじめとして、個々の社会福祉事業は存在した。しかし明治時代までは、それらの成果はあくまでも個々の事業者のものとして扱われ、それらを学問的に体系づけて集積・分類し、学問として共有および次世代へと受け継がせていく形の試みは長らく成されていなかった。 日本において、初めて高等教育の機関が学問として社会事業(社会福祉事業)を扱うようになったのは同志社大学が1931年に文学部内に設置させた社会事業学科である。これに続く形で関西学院大学が1952年に文学部内に社会事業学科を設立した。この2校の社会事業学科設立の源流は賀川豊彦の影響によって中島重が1925年より主導した学生キリスト教運動および社会的基督教運動にある。また当時それらの恩恵の元に設立運営がなされていた灘生活協同組合が大きな影響を与えており、その中で社会福祉事業の学問的力動論(体系化)を提唱した嶋田啓一郎や、米国のケースワーク理論を日本に持ち帰りローカライズ体系化を行った竹内愛二などが賀川・中島の指導の元で大きな働きを見せた。のち竹内と嶋田は1960年に日本キリスト教社会福祉学会を設立している。 その後1957年に日本初の福祉専門の単科大学として日本福祉大学が設立された。のち1960年代より高まった障害者の社会運動や1970年代より始まった社会高齢化の高まりによって注目されることになる。1980年代頃に名称が先行し、その発展と共に中身が充実・発展してきた。 以降、社会福祉学は各地の私立大学による社会福祉学部の新設の下、私学主導という形で発展していく。その成果を基に、一般に広く開かれた学会として1954年に日本社会福祉学会が設立され、これが2010年に一般社団法人化し、日本の社会福祉学の要のひとつとして機能している。また一方で介護を主眼に置いた日本介護福祉学会が1993年に設立されている。
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