改修工事の施工
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/05 03:09 UTC 版)
「営団5000系電車」の記事における「改修工事の施工」の解説
営団地下鉄では定期的に車体の改修工事を行う方針で、特に規模の大きい「改修工事」と呼ばれる工事は以下のとおりである。これらの改修工事は東西線用は深川工場内の車体更新修繕場にて施工されたほか、千代田線用は綾瀬工場で施工された。 2次車以降は9年経年でC修工事、9年経年(18年目)でB修工事、さらに9年経年(27年目)でC修工事、さらに9年経年(36年目)でA修工事を実施する方針であった。 上記の更新周期は帝都高速度交通営団「60年のあゆみ」を参照。なお、車体の古い1次車は18年目でB修工事だが、6年と12年経年でC修工事を施工する方針であった。 C修工事は簡易改修工事で、床舗装修理、座席モケット、窓枠、車体各部の簡易補修などが実施された。この工事は東西線用は1972年(昭和47年)11月から、千代田線用は1979年(昭和54年)11月から開始された。 B修工事は「大規模改修工事」で車体、台枠、屋根をはじめ化粧板や床敷物交換、側出入口修理、側扉交換など車体全般におよぶ。東西線用において1979年(昭和54年)7月から開始された。 外観では3次車にあわせた箱型ベンチレーターに交換が実施されたほか、路線識別帯の再塗装などが実施されている。 車内では化粧板や床敷物の交換が実施されたほか、座席モケットの交換(エンジ色から茶色系。なお、経年劣化対策で座席表地は定期的に交換をしている) などが実施された。化粧板は初期施工車は原形の濃いクリーム色だが、1986年(昭和61年)頃の施工車からは白色系のものを使用した。 側扉は交換され、ステンレス車では室内側はステンレス無地のものとなった。一方、アルミ車では6000系の更新車用に準じた扉に交換され、ドアガラスは金属押さえ面、室内側は化粧板仕上げとされた。乗務員室では改造や室内の配色変更(ライトグリーン色に統一)や運転席背面窓が半分程度の高さに縮小された。 特に1985年度(昭和60年度)施工車からは側面戸袋窓の閉鎖が改修内容に加えられ、外観に変化が生じた。改修直後は10両全車両が「戸袋窓なし編成」も存在したが(中間に5次車以降を組み込んでいるため)、05系落成後の編成替え後は「戸袋窓あり・なし」の混同した編成のみとなった。ただし、戸袋窓の閉鎖はステンレス車だけで、アルミ車の改修では戸袋窓の閉鎖は施工されなかった。
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