改修工事と複線化
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/09 15:41 UTC 版)
「利根川橋梁 (東北本線)」の記事における「改修工事と複線化」の解説
利根川では1910年(明治43年)に大洪水があり、これを受けて河川の大改修が行われることになったため、1919年(大正8年)に利根川橋梁も大改修工事を受けた。これに際して桁は交換され、200フィートトラス桁は鋼鉄製プラットトラス桁3連(各約190トン)となり、100フィートトラス桁は鋼鉄製ワーレントラス桁14連(各約68トン)となった。活荷重はクーパーE40(軸重40000ポンド=約18トン)である。これはのちの下り線である。 1922年(大正11年)に複線化工事が行われて新たに上り線用の橋梁が増設された。こちらは鋼鉄製200フィートプラットトラス桁3連、100フィートポニーダブルワーレントラス桁14連で、活荷重は同様にクーパーE40であった。この100フィートトラス桁は、もともと東海道本線木曽川橋梁に架設されていた200フィートワーレントラス桁を100フィート×2の連続トラス桁となるように改造して移設したものであったが、木曽川橋梁の開通より新しい、1887年パテント・シャフト製と記載された銘板があったことから、桁が入れ替わっている可能性も指摘されており、別の資料によれば東海道本線天竜川橋梁と大井川橋梁からの転用であるという。また、上下線とも古河側の橋台取り付け部に50フィートの下路鈑桁(スルーガーダー橋)が架設されていた。 この改修により、全長は636メートルとなった。下部構造は、下り線は直径3.6メートルの円形の脚2本の上に構築した橋脚で、上り線は4.27メートル×7.47メートルの楕円形の橋脚で、井筒によって形成されていた。 旧トラス桁の一部は1921年(大正10年)に払い下げられ、越後鉄道の弥彦線西川橋梁に転用されたが、1954年(昭和29年)3月に老朽化のために撤去されたとされる。
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