急行化と165系導入
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/12 03:26 UTC 版)
「ふじかわ (列車)」の記事における「急行化と165系導入」の解説
1966年(昭和41年)3月5日:国鉄旅客運賃制度改定により、100キロ以上の区間を走る準急列車は無条件に急行列車化されることとなり、静岡駅 - 甲府駅間運転の1往復が急行に格上げ。もう1往復の富士駅 - 甲府駅間運転の列車は準急「白糸」に変更。この際、身延線内において、甲斐岩間駅に停車する「急行」より、停車しない「準急」の方が、停車駅も少なく所要時間も短いという逆転現象が発生した。 1968年(昭和43年)10月1日:準急列車が全廃されることとなり、「白糸」は静岡駅まで運転区間延長のうえで急行「富士川」に統合し、「富士川」は甲府駅 - 静岡駅間を2往復に増発。また、上り2号は島田駅まで普通列車として延長運転される。 1969年(昭和44年)5月:電動車1両を増結して5両編成となる。 9月28日:身延線富士駅 - 入山瀬駅間のルートが変更され、富士駅でスイッチバックすることになった。 1972年(昭和47年)3月15日:山陽新幹線の新大阪駅 - 岡山駅開業により、山陽本線の急行列車廃止で余剰となった165系が転用されて80系を置き換え、1号車を指定席車とする。同時に車両の受持ちを大垣電車区へと変更。また、臨時列車「富士川」51号1往復が設定される。 10月2日:臨時列車の定期化および増発により5往復に増強、うち1往復は三島駅発着(途中、吉原駅と沼津駅に停車)となる。また、上り5号は車両の大垣電車区への入庫を兼ねて浜松駅まで普通列車として延長運転する。 1982年(昭和57年)11月15日:2号車に連結のサハ153形200番台がクハ165形に差替えられる。 1985年(昭和60年)3月14日:乗客の減少に伴い、2号車のクハ165形を外して4両編成に変更される。 1986年(昭和61年)11月1日:車両の受持ちが再び静岡運転所に変更される。 1994年(平成6年)12月3日:三島駅発着列車が静岡駅発着に変更され、5往復すべてが静岡駅発着となる。 1995年(平成7年)1月9日:JR東海から、同年10月より急行「富士川」を特急に格上げし、車両を置き換えることが公表される。 9月23日:80系時代と165系化後初期に掲げられていたヘッドマークを設置し、急行運転最終日の9月30日まで運転。また最終日には一部車両にお別れ用のヘッドマークを掲げていた。
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