急行安芸食堂車全焼事故
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/31 23:16 UTC 版)
「日本の鉄道事故 (1950年から1999年)」の記事における「急行安芸食堂車全焼事故」の解説
1967年(昭和42年)11月15日 1時30分ごろ、東海道本線三河三谷駅を東京駅から広島駅に向けて走行中の急行「安芸」(14両編成)の6両目に連結されていた食堂車(マシ38 2)の進行方向後部から出火。火災発生後に急行は現場に急停車し乗務員により食堂車部分の切り離し作業が行われた。この食堂車はそのまま炎上し2時50分ごろに鎮火した。出火した時刻が深夜だったこともあり、食堂車に乗客はいなかったが、鎮火後この食堂車の中から日本食堂の調理助手の男性と接客係の女性が死亡しているのが発見された。石炭レンジの過熱が原因とされた。
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