国鉄と西武からの譲渡車
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/03 07:06 UTC 版)
「伊豆箱根鉄道モハ151形電車」の記事における「国鉄と西武からの譲渡車」の解説
モハ151(cM)モハ152(M)クハ181(Tc)現形態への改造年月日1968年 1968年 1968年 伊豆箱根時代旧形式モハ51 モハ54 クハ81 譲渡年月日1947年 1948年 1951年 譲渡前形式クハ65 128 モハ50 108 モハ32 008 前形式モハ50形は戦災復旧車が多く、伊豆箱根登場当時は正面も非貫通ながら中央の窓が高い車両が多かった。 ここで解説しているモハ51形は初代で、モハ151形に改番後、二代目モハ51形が登場している。 編成のモハ151,152はいずれも国鉄モハ50系に見られた張り上げ屋根が特徴で、モハ152は大雄山線時代の途中、運転台撤去されている。 クハ181形はさらにクハ81形←クハ61形と遡る。二扉車だったため、客用扉がdD15D51d1と両端に偏っているのが特徴。大雄山線時代に、通風器がガーランド式からグローブ式に交換されている。 1980年9月17日廃車。 モハ153(cM)サハ182(T)モハ156(Mc)現形態への改造年月日(なし) 1974年 1973年 伊豆箱根時代旧形式(なし) クハ182 モハ38 譲渡年月日1970年5月 1960年5月 1967年9月 譲渡前形式クモハ11 499 クハ16 525 クモハ11 462 モハ38形も番号が二代あり、この記事の車両は二代目。 1986年3月31日廃車。 モハ154(cM)モハ155(M)クハ183(Tc)現形態への改造年月日1971年 1973年 1967年 伊豆箱根時代旧形式モハ48 モハ55 クハ28 譲渡年月日1962年6月 1948年 1967年9月 譲渡前形式クハ16 561 クハ65 126 クハニ19 005 モハ155は当初両運転台だったが、後に運転台は撤去されている。 クハ183は譲渡後すぐ大雄山線用に改造されたため、クハ28としての存在は1年にも満たなかった。 1984年6月5日廃車。 モハ157(cT)サハ184(T)モハ158(Mc)現形態への改造年月日(なし) 1972年 (なし) 伊豆箱根時代旧形式(なし) クハ28 (なし) 譲渡年月日1972年12月 1964年 1972年12月 譲渡前形式西武クモハ314 クハニ19 055 西武クモハ315 モハ157は西武311系電車のうち鋼体化タイプ、モハ158は省モハ50事故車を西武が譲り受け復旧したもの。同じ西武グループの塗装ということもあり、西武時代との外観の違いは、側面の社紋・番号と正面の番号ぐらいである。正面は貫通式だったが、伊豆箱根譲渡時に内部側のみ埋め込まれている。 この西武クモハ311形で、運転台撤去したサハを挟む17m3両という編成は偶然にも、西武多摩湖線の国分寺口(国分寺駅-萩山駅間)で長らく使用された、17m3両編成に類似することとなった。 1981年9月3日廃車。
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