佐賀県柚比本村遺跡墳墓出土品とは? わかりやすく解説

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佐賀県柚比本村遺跡墳墓出土品

主名称: 佐賀県柚比本村遺跡墳墓出土品
指定番号 506
枝番 00
指定年月日 1996.06.27(平成8.06.27)
国宝重文区分 重要文化財
部門種別 考古資料
ト書
員数 一括
時代区分 弥生
年代
検索年代
解説文: 本件は、佐賀県本村遺跡弥生時代墳墓から出土した銅剣七口、及び鉄剣一口、及びガラス勾玉まがたま一箇である。
 本村遺跡は、鳥栖市柚比町前田所在し脊振山地東端九千部山から東方派生した丘陵先端部に位置する遺跡南方には、邪視銅鐸鋳型出土した安永田【やすながた遺跡があり本遺跡とともに遺跡群形成している。
 本遺跡は、鳥栖市北部丘陵新都市開発整備事業先立ち平成五年に発掘調査が行われ、縄文時代晩期から中世にいたる、長い期間の遺跡であることが判明した。その中心弥生時代中期で、掘立柱【ほつたてばしら】建物一二棟以上、木棺墓一基甕棺かめかん】墓四五基、石蓋土壙墓【いしぶたどこうぼ】二基、そして折り重なるように赤色塗彩土器出土した祭祀遺構も、多数検出されている。特に、墳墓大形掘立柱建物及び祭祀遺構が一体となって祭祀空間形成している点は注目される墳墓は、本来墳丘形成していたと思われるが、最初に木棺墓営まれ、この墓域重なるように西から南に向かって甕棺墓営まれている。
 銅剣類は、木棺墓一基と六基の甕棺墓から出土した赤漆玉鈿装鞘【あかうるしぎよくでんそうさや】銅剣一口、石把頭付【いしつかがしらつき】銅剣一口把頭付【どうつかがしらつき】銅剣二口銅剣三口構成されるこのうち、最も注目されるものは、赤漆玉鈿装鞘銅剣である。漆膜を三層重ね、そこに碧玉【へきぎよく】を埋め込む技法は、螺鈿【らでん】、金銀平脱へいだつ】、各種象嵌ぞうがん】に共通する極めて高度な漆工技術である。中国では、北京近くにある瑠璃燕国えんこく墓地遺跡中のいくつかの墓から西周せいしゆう】時代真珠貝緑松石【りよくしようせき】(トルコ石)を象嵌した漆器出土し、また北京市大葆台木郭墓から前漢時代瑪瑙【めのう】を象嵌した漆器出土するなど、この種の技法極めて古い時代にまでさかのぼる。
 本例は、こうした技術が、わが国にも弥生時代早い段階に、すでに伝来していたことを示したもので、弥生時代工芸技術水準の高さを知るだけでなく、日本の伝統的な漆行技術が、縄文時代から弥生時代通じて、いかに形成発展してきたかを具体的にたどることができる、貴重な資料である。
 また、石把頭飾が銅剣組み合って出土したのは、わが国では初めてであり、さらに通常遺存しにくい木製把部【つかぶ】の青銅金具遺存し、銅剣全容明らかになったことも特筆される



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