仏教との違い
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 12:58 UTC 版)
哲学者は汎神論を一元論の一形態とするが、大乗仏教の中観派は世界の究極的な性質を、感覚的なものや他のものとは切り離せない「空」として表現する。一見、一元論のように見えるが、中観派の見解は究極的に存在する実体を主張することはない。その代わりに究極の存在に関する詳細な、あるいは概念的な主張が不条理な結果をもたらすとして解体される。現在、大乗仏教にのみ見られる少数派の唯識派の見解もまた一元論を否定している。 仏教学者のエドワード・コンツェは論文「Buddhism and Gnosis」の中で、大乗仏教とグノーシス主義との現象学的な共通点を指摘している。克服されずに残っている、あるいは克服するためには特別な霊的知識を必要とする邪悪な傾向の存在を釈迦が説く限りにおいて仏教は、「反宇宙論」・「反宇宙的二元論」で知られているグノーシス主義の一派だとしている。グノーシス主義は物理的世界、肉体的世界から「霊的知識・認識」によって救済されるとする反宇宙的二元論、極端な霊肉二元論をとる。人間が肉体、宇宙等の非本来的なものによって阻害されているという反宇宙的二元論の立場から、物理的な宇宙を超える超越的存在と人間の本来的自己の本質的同一の「認識」を救済とみなす。コンツェの8つの類似点に基づいて、ホーラーは解放のための洞察であるグノーシスとジュニャーナ、智慧をソフィアと般若として擬人化すること、洞察力の欠如であるアグノーシスと無明によって、この世に閉じ込められるなどの類似点を挙げている。二元論的なグノーシス主義宗教にはマニ教があるが、9世紀以降、中国の歴代王朝による同化の圧力と迫害を受けた後、中国のマニ教は中国南部の大乗仏教の浄土宗との関わりを強め、大乗仏教徒と密接に協力して修行したため、長い年月の間にマニ教は浄土宗に吸収され、2つの伝統は区別できなくなったとされている。 汎神論では、すべてのものは神の一部であり、すべての存在の総体である無限の宇宙と「一つの神」が同一として、物理的宇宙・物理法則(すなわち「一つの神」)を超える超自然・超越性は否定されるが、仏教の宇宙論では極楽、東方浄瑠璃世界、妙喜世界、八大地獄、十界等の物理的宇宙には存在しない複数の超越的世界を規定することがある。密教におけるパーターラ等もある。
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