京阪電気鉄道置石脱線事故とは?

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京阪電気鉄道置石脱線事故

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/08/21 08:19 UTC 版)

1980年昭和55年2月20日2059京阪電鉄京阪本線枚方市駅 - 御殿山駅間で、中学校2年生5人組のグループ悪戯側溝U字溝用のコンクリート線路に置き、ここを通りかかった淀屋橋駅三条駅行の急行電車5000系7両編成乗客400名)の先頭3両が脱線先頭車輛が民家突っ込み、2両目横転。幸い死者は出なかったが負傷者104名の大事故になった。

※この「京阪電気鉄道置石脱線事故」の解説は、「日本の鉄道に関する事件」の解説の一部です。» 「日本の鉄道に関する事件」の概要を見る


京阪電気鉄道置石脱線事故

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/08/22 11:24 UTC 版)

1980年昭和55年2月20日2059大阪府枚方市京阪電鉄京阪本線枚方市 - 御殿山間で、同市内枚方市立第一中学校2年生5人組のグループ悪戯側溝U字溝用のコンクリート線路に置き、ここを通りかかった淀屋橋三条行き急行電車5000系7両編成乗客400名)の先頭3両が脱線先頭車輛が民家突っ込み、2両目横転。幸い死者は出なかったが負傷者104名の大事故になった。 この事故により先頭車両5554号車は廃車となり、同じ番号車両その年12月代替として新製された。 中学生グループおよび保護者に対して京阪電鉄損害賠償訴訟起こした。5人のうち4人はひとりあたり840万円示談金支払うことで和解成立した。残り1人親権者は「グループに入っていたが、実行行為関与していなかった」と主張し、大阪高等裁判所がその主張認め京阪側の請求退けた。しかし最高裁判所謀議に入った者も賠償責任発生すると判旨出し大阪高裁差し戻した。1987年に他の元中学生同じく840万円支払うとの和解成立した。京阪は約4200万円賠償金を受け取ることになったが、これは実際損害額の10分の1であった(残る9割の損害保険対処した)。またこの経験から、対策として京阪筆頭事業者各社においては沿線から線路進入させないようフェンス有刺鉄線きわめて積極的に設置した。さらに、先頭車輛への排障器設置と、先頭台車への補助的排障器具の設置を進めた。

※この「京阪電気鉄道置石脱線事故」の解説は、「日本の鉄道事故 (1950年から1999年)」の解説の一部です。» 「日本の鉄道事故 (1950年から1999年)」の概要を見る

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