上気多地区への移転とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > ウィキペディア小見出し辞書 > 上気多地区への移転の意味・解説 

上気多地区への移転(1967-)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/04 08:40 UTC 版)

岐阜県立吉城高等学校」の記事における「上気多地区への移転(1967-)」の解説

1967年昭和42年)、上気地区グラウンド造成された。同年文部省答申高等学校における理科数学に関する学科設置について」を受けて岐阜県教育委員会県内各地理数科設置検討した教育委員会当初飛騨地方では高山市岐阜県立斐太高等学校設置することを計画していたが、諸事情により吉城高校設置することが決まり1973年昭和48年)に理数科設置された。これにより、吉城高校は1学年普通科3学級理数科1学級となったグラウンド校舎離れていることによる不便さと、生徒数増加により、校舎グラウンドのある上気地区移転することになり、1977年昭和52年3月、現校地移転完了した吉城高校跡地古川町図書館になった1998年平成11年10月同窓会館の「柏葉会館」が竣工し同年11月学校創立50周年記念式典挙行した。 2016年平成28年3月29日岐阜県高等学校活性化計画策定委員会は「審議まとめ」を公表し地域生徒数の減少により、将来的小規模校になる可能性があるとして、グループ2」に分類した。これを受け、単独校での活性化策検討するため、地域有識者委員とする「地域連携による活力ある高校づくり推進協議会」が2017年5月設置された。2017年9月第2回協議会では、第1回での委員意見回答する形で、学校側から改革案が提示された。改革案では、「理数科」は、いわゆる特進科」として、東京大学飛騨アカデミーとも連携しながら、SSH(スパー・サイエンス・ハイスクール)への申請視野に、課題解決能力重視する新し大学入試制度改革対応できる学科とし、「普通科」では、国公立大学進学から就職まで、生徒希望応じた多様なコース設定科目選択が可能となる「進学単位制」へ移行することを提案委員賛同得て、現在、岐阜県教育委員会協議進めている。また、地域課解決キャリア教育」として飛騨市連携しながら取り組んできた「吉高地域キラメキ(YCK)プロジェクト」を、外部人材を有効利用しながら教育課程中に取り込んでいくしくみも議論している。

※この「上気多地区への移転(1967-)」の解説は、「岐阜県立吉城高等学校」の解説の一部です。
「上気多地区への移転(1967-)」を含む「岐阜県立吉城高等学校」の記事については、「岐阜県立吉城高等学校」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「上気多地区への移転」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「上気多地区への移転」の関連用語

上気多地区への移転のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



上気多地区への移転のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの岐阜県立吉城高等学校 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS