ホラズム征服とアムダリア遠征とは? わかりやすく解説

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ホラズム征服とアムダリア遠征

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/09 14:19 UTC 版)

クタイバ・イブン・ムスリム」の記事における「ホラズム征服とアムダリア遠征」の解説

クタイバの南部での不在の隙をついて、サマルカンド住人アラブ対し受身姿勢だった支配者打倒し代わりに en:Ghurakを迎えた。クタイバが711/712年の冬サマルカンドへの行軍準備していると、ホラズム王よりの外交使節来て兄弟のKhurrazadhに対す反乱支援依頼してきた。クタイバは電光石火の速さ軍勢進め兄弟アブドゥッラフマーンがKhurrazadh の軍を破り、彼は自分の使う1万ホラズム人徴用兵を確保した。しかしホラズム人はクタイバが発ってすぐ反乱起こし支配者殺した。年が明けないうちにクタイバはアル=ムギーラ・イブン・アブドゥッラー(al-Mughira ibn Abdullah)率いる軍を派遣してこの地区鎮圧したアラブ人反乱煽った上流階級のほとんどを虐殺しホラズムアラブ直接統治導入した。しかし現地王朝その場所に残された。 ホラズム出発すると、軍がだんだんと衰弱し遠征を終わらせなければならなかったため、クタイバはまっさきメルヴ引き返した。しかし行軍中、クタイバは突如向き変えサマルカンド向かったソグド人軍はほとんど解散したので、アラブ人少な足手まとい真っ直ぐその都市向かい包囲敷いた。Ghurakと都市住人決心をもってアラブ人抵抗し、シャーシュ(タシュケント)とフェルガナ領主救援求めた。シャーシュの領主強力な軍の支援送ったが、待ち伏せ会いアラブ人壊滅させられた。アラブ攻城兵器が壁に日々入れた時この知らせ届き、Ghurakは講和せざるを得なかった。クタイバは最初に驚くほど寛容条件承諾した。それは毎年貢納支払い部隊支給都市内モスクの建設アラブ軍による祝い礼拝だった。しかし都市にはいると、クタイバは占領して守備兵置いた彼の兄弟いずれかアブドゥッラフマーンアブドゥッラー)が統治者として残され、非ムスリム城塞に入ることを禁ずる命令出された。Ghurakとその従者都市離れ、遥か北に新都市Farankathを建設した。この背信行為によりクタイバはマー・ワラー・アンナフルのほとんどを(仮ではあったが)支配下に置くことが出来たが、同時にソグド人の間での彼の名声は相当損なわれた。 アラブ側資料では、この時ソグド人諸侯西突厥または突騎施(テュルギシュ)部にアラブ対抗する救援求めたとされるが、この記録年表真実性疑問が付く。 いずれにせよ次の2年間クタイバはカリフ国の拡大従事し シルダリヤ川渓谷支配得た大軍が、約20,000人のソグド人徴用兵の助け得て713年前半渓谷へと入軍した。現地徴用兵はシャーシュに派遣され、そこを獲得した伝えられ一方クタイバはアラブ人とともにホジェンドフェルガナへと進軍した。この遠征について余り分かっていないが、ホジェンド前にウシュルーサナen:UshrusanaのMinakでの戦勝記録され、唐の宮廷アラブ人使節送ったことが中国側資料により裏付けられている。タバリーはクタイバが唐の領土カシュガルまで進軍した記録しているが、この主張H.A.R. Gibbによって却下されている。 714年、クタイバはおそらくシャーシュを拠点として、シルダリヤ川沿いの遠征再開したが、アル=ハッジャージュ死亡知らせ受け取りこの作戦中断された。庇護者死によって彼の地位は不安定となり、彼は軍を解散するメルヴへと戻った

※この「ホラズム征服とアムダリア遠征」の解説は、「クタイバ・イブン・ムスリム」の解説の一部です。
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