パニックの発生
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 22:45 UTC 版)
プレイタウンの客や従業員らが通常の情報として知っている「唯一の脱出(移動)手段」である2基の専用エレベーターが猛煙の噴出とボーイらの制止によって使用を断念させられ、初期の避難行動が完全に絶たれたことにより、プレイタウンの避難者たちは、火災の正確な情報と避難誘導がほとんどないなかで、どこへ逃げていいのか、どこへ向えばいいのか、誰に従えばいいのかがまったく分からなくなり、ホール内が停電で暗闇になったことも相まって極限のパニック状態に陥っていった。 冷静に行動できなくなった人たちは、フロア内をあてもなく右往左往し、無駄に体力を消耗した。本件火災でパニックの典型例として挙げられているのは、ホールから6階の旧プレイタウン営業エリアに繋がる旧通路部分(火災発生時には廃止され資材置場になっていた)に避難路を求めた人たちが、ホール西側の資材置場の中に入り込み、その後に袋小路で20数人の人たちが息絶えたことである。旧通路部分は、火災発生の2週間前からボウリング場改装工事に伴いベニヤ板で仮閉鎖していた。ところが工事が予想以上に進み、誰も知らないうちにベニヤ板の内側に厚さ27センチメートルの頑丈なブロック塀を積み上げた壁が築かれていた。照明もなく、セメント袋や資材が積まれた幅が1.65メートルしかない狭い空間を「ここは避難路ではない」と直感的に気付いた人もいた。だが物置内に誘導された多くの人たちは、通れるはずの通路が塞がれていたことによりパニック状態に陥り、コンクリートブロックの欠片を持って壁を叩いたり、足で蹴ったりして破壊しようとした。頑丈なコンクリートブロック製の壁が壊れるはずもなく、明らかにパニックによる冷静さを欠いた行動であった。そして猛煙と密集状態によって避難者らは行き場を失い、20人弱の人たちが物置の内部とその周辺で力尽きていった。これは従業員の誤った誘導によってもたらされた事態であるが、防火管理者である支配人が工事の進捗状況を把握し、従業員に「壁の情報」を伝えていれば誤った誘導は発生しなかったはずであり、責任者らの的確な避難誘導をおこなう統率力の欠如、防災意識の不十分さがパニックを増幅させた側面がある。 窓際に避難した人たちは、煙と熱気から必死に逃れようと顔を窓から出して救いを求めていた。窒息する寸前の状況下で25メートルの高さに居ながら、あたかも地面がすぐ目の前にあるかのように感じられ、いま飛び降りさえすれば猛煙と熱気から逃れられるという錯覚から、実際に飛び降りてしまった人々が多数いたことは、まさにパニック状態による異常な心理状態がもたらしたものである。ビル東側の千日前大劇通に設置されていた千日前商店街アーケードは、屋根の高さが12.3メートルで頂点はビル3階付近にあった。地面に比べればアーケードの屋根は近く感じられた。屋根を覆っている半透明のプラスチック板は照明の影響で7階からは白く見え、地面を目立たなくしていたという。その影響で猛煙と熱気に追い立てられた避難者は、アーケード屋根に飛び降りれば何とかなるという期待感で飛び降りることに戸惑いを感じなかったのではないかと推測されている。火災に気付いて現場に集まった群衆は、飛び降りようとする人たちに向かって飛び降りる行動を思いとどまるように地上から叫んでいた。消防隊員もハンドマイクで7階へ向かって呼び掛けた。しかし7階で必死に救助を待つ避難者たちにその声はまったく届いていなかった。それら善意の呼びかけは、怒号や歓声のように感じた避難者もいて「実に腹立たしく感じた」と生還した人が証言している。死を目前にしたパニック状態は、正常な判断力を奪うと同時に五感をも狂わせるのである。またプレイタウン内の死亡者の中に、死因が「胸部腹部圧迫による窒息死」という者が3人いた。これはパニック状態になってホール内を逃げ惑う避難者らに押しつぶされたか、または転んだ時に踏みつけられたかによる状況で死亡したと考えられている。このように極限のパニック状況がゆえに避難者から冷静な判断力が失われた結果、プレイタウンのフロア内または飛び降りなどで多数の死亡者が出ることに繋がった。 一方で、自力脱出に成功した人たちや消防隊のはしご車に救出された人たちは、比較的冷静に行動しパニックに陥らなかったことで生存することに繋がった。B階段を使って脱出に成功したクローク係とホステスの計2人のように、あらかじめ避難に必要な情報を持っていたことは重要であり、非常事態発生時に生き延びる確率が上がると考えられた。体力や運動神経の機敏さも重要であると考えられ、ダイビングの経験を生かしてアーケードのワイヤー目がけて飛び降りて助かった男性客などはその典型例である。無駄な行動や合理性を欠いた行動を慎むことは特に重要であり、消防隊のはしご車で救出された人たちは、飛び降りや物置のブロック塀破壊などの行為に走らず、冷静に我慢して窓際で救助を待ったことで助かる確率が高まった。またバンドマンたちのようにリーダーの指示に従い、無駄な行動を行わず小部屋に待機していたことにより生存につなげられたことは、統率の取れたリーダーの下で行動することの重要性を示すものである。いち早く窓際に移動した人たちは、空間(間取り)を熟知していたことで救出される確率を高めた。これらはボーイなどの従業員に多かった。
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