ハウスドルフ次元とは? わかりやすく解説

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ハウスドルフ次元

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/14 01:51 UTC 版)

フラクタル図形の一種であるシェルピンスキー・ガスケットの構成過程の様子。この過程を無限回繰り返して得られる図形のハウスドルフ次元は log 3/log 2 = 1.5849… である。

ハウスドルフ次元(ハウスドルフじげん、英: Hausdorff dimension)は、フェリックス・ハウスドルフが導入した非負実数値の次元である。フラクタルのような複雑な図形ないし集合の次元を表す道具として用いられる。ハウスドルフ測度を使って定義される次元で、ある集合のハウスドルフ次元は、その集合のハウスドルフ測度が から 0 へ移る不連続点から定義される。

ハウスドルフの後に、アブラム・ベシコビッチ英語版が研究を深めて更に明確化した。そのため、ハウスドルフ・ベシコビッチ次元(ハウスドルフ・ベシコビッチじげん、英: Hausdorff-Besicovitch dimension)とも呼ばれる。フラクタル幾何学実解析で重要な役割を果たし、特にフラクタル幾何学では最重要概念の一つである。一般的に与えられた集合のハウスドルフ次元を決定するのは困難であるが、自己相似集合などの一部のクラスの集合では求め方が確立している。確定的な定義ではないが、ハウスドルフ次元が位相次元より大きな集合がフラクタルと定義づけられる。

背景

一般的な「次元」という言葉は、現実世界の空間が高さ・幅・奥行きの3つから成るので3次元と呼ぶ考え方に立脚している[1]。この考え方の延長上で、平面は縦・横から成るので2次元で、直線や線分は1次元であるという風に考えられてきた[1]。数学の世界でも、19世紀終わり近くまで、点が 0 次元、直線が 1 次元、平面が 2 次元、…という素朴な次元の概念しか存在しなかった[2]。しかし、19世紀後半に、ゲオルク・カントールが平面上の点と直線上の点が1対1対応を持つことを、ジュゼッペ・ペアノが単位区間から正方形の上への連続写像を構成できることを発見し、数学界で次元の概念の再考が迫られた[3][4]。その後、位相不変で整数値を取る位相次元(正確には被覆次元大きな帰納的次元小さな帰納的次元がある[5])が、次元の精密な定義として導入された[6]

フェリックス・ハウスドルフ

一方、「長さ」「面積」「体積」といった直感的概念についても一般の集合に拡張させる動きが、19世紀末から20世紀初頭にかけてエミール・ボレルアンリ・ルベーグによって進められた[7]。1914年、コンスタンティン・カラテオドリn 次元ユークリッド空間内の s 次元測度を定義した[8]。カラテオドリの定義では s は整数値であった[9]。1919年、カラテオドリの仕事を引き継いだフェリックス・ハウスドルフは、カラテオドリの定義は非整数の s に対しても意味があることを指摘し、後にハウスドルフ次元(英: Hausdorff dimension)と呼ばれる非整数次元を導入した[10]。ハウスドルフは、カントールの3進集合のハウスドルフ次元が log 2/log 3 = 0.6309… であることを実際に示してみせた[11]

ハウスドルフの後に、ハウスドルフ次元およびハウスドルフ測度の概念を明確化を担ったのはアブラム・ベシコビッチ英語版である[12]。そのため、彼の名も取ってハウスドルフ次元はハウスドルフ・ベシコビッチ次元(英: Hausdorff-Besicovitch dimension)とも呼ばれる[12]。ハウスドルフ測度とそれを使った幾何学の数学的成果の多くはベシコビッチによって与えられた[13]ブノワ・マンデルブロは「ハウスドルフが標準的でない次元の父であったのに対し、ベシコビッチは、その母であった」と評している[14]

そのマンデルブロは、自然の海岸線や樹木の形の数学的理想化として、カントールの3進集合やコッホ曲線ワイエルシュトラス関数などの以前より報告されていた特異な数学的集合の総称として、フラクタルという概念と名称を与えた[15]。マンデルブロは、1977年のエッセイ「Fractals: Form, Chance and Dimension」で、ハウスドルフ次元が位相次元よりも大きい集合をフラクタルの数学的な定義とした[16]。1982年の著書「The Fractal Geometry of Nature」でフラクタルの概念は一躍有名となり、フラクタルは各分野で研究され始めた[17]。次元はフラクタル幾何学の中心的概念であり、その中でも最重要なのがハウスドルフ次元である[18]。ハウスドルフ測度およびハウスドルフ次元はフラクタル幾何学や実解析で重要な役割を果たす[19]

定義

ハウスドルフ測度

部分集合 X直径 |X|

次元を定義したい図形として、n-次元ユークリッド空間 n 上のではない部分集合 X を考える[20]。ユークリッド空間に限定せずに、一般の距離空間でもよい[21]X 上の 2 点 x, yユークリッド距離d(x, y) で表す。集合 X直径を次で定義する。

部分集合 X に対する δ 被覆の例

ある X が与えられたとき、それに対する可算個の集合族 {Ui} による被覆を考える。ただし、{Ui} それぞれの直径は、ある正の実数 δ 以下とする。このような {Ui}δ 被覆と呼ぶ。すなわち、

s の関数としての見たときの H s(X) のグラフ

さらに、上の関係により、H s(X) < ∞ であるならば H t(X) = 0 である。また、H t(X) > 0 であるならば、H s(X) = ∞ である[30]。したがって、H s(X)s の関数として見たとき、H s(X) は高々 1 つの第一種不連続点 s を持つ[31]。この不連続点を D と表すと、

カントールの3進集合の構成

数直線 1 上の図形であれば、定義からの直接計算でもハウスドルフ次元の決定は比較的容易である[49]。ハウスドルフ次元が非整数を取る図形の中でもっとも有名な集合として、カントール集合がある[50]。カントール集合ないしカントールの3進集合とは、線分 1 の中央から1/3の長さの線分を除去し、さらに残った2つの線分の中央のそれぞれの1/3の長さの線分を除去し、という操作を繰り返し無限回行うことで得られる図形である[51]。カントール集合を作る途中の k 番目の操作でできる図形を Ck と表すと

コッホ曲線の構成

カントールの3進集合のハウスドルフ次元は log 2/log 3 = 0.6309… であったが、一般化したカントール集合、例えば線分の真ん中を 1 − 2k 除去する場合は、ハウスドルフ次元は log 2/log 1/k である[67]。カントール集合と同様に再帰的な手続きから構成できるフラクタル図形の単純な例には、コッホ曲線 Kシェルピンスキー・ガスケット S などがある[68]。これらも開集合条件を満たす相似縮小変換であり、それぞれのハウスドルフ次元は dimH(K) = log 4/log 3 = 1.2618…dimH(S) = log 3/log 2 = 1.5849… である[69]

力学系でもフラクタルが様々な形で現れる[70]α 倍に縮む散逸系のパイこね変換アトラクターはハウスドルフ次元 1 + log 2/−log α である[71]複素力学系マンデルブロ集合は非常な複雑な図形だが連結で、その境界はハウスドルフ次元 2 である[72]

規則的に作られる自己相似フラクタルの外に、自然界で見られるようなランダムパターンから生まれる自己相似フラクタルもある[73]n 上のブラウン運動の軌跡は、n ≥ 2 であれば n の値にかかわらず確率 1 でハウスドルフ次元 2 である[74]

高木関数のグラフ

ハウスドルフ次元が位相次元よりも大であることをフラクタルの定義とすると、直感的にはフラクタルに相応しいような図形がフラクタルにならない例もある[75]。例えば、カントールの悪魔の階段高木関数のグラフは、位相次元・ハウスドルフ次元ともに 1 である[75]。連続曲線でありながら平面を充填するペアノ曲線も、位相次元・ハウスドルフ次元ともに 2 で一致する[76]。こういった集合の存在が、フラクタルの定義に改善の余地がある理由の一つである[77]

ハウスドルフ次元の決定が数学上の未解決問題となっているものには、次のようなものがある。n 上の部分集合 K有界で、全ての方向の長さ 1線分を含み、さらに n 次元ルベーグ測度0 のとき、Kn 次元掛谷集合と呼ぶ。n 次元掛谷集合のハウスドルフ次元は n であろうと予想されており、掛谷予想や掛谷問題と呼ばれる。2 次元掛谷集合のハウスドルフ次元は 2 であることは証明されたが、3 次元以上は未解決である[78]

他の次元との関係

位相次元

縦・横・高さという直感的な次元は位相次元と呼ばれる[79]。上で述べたように、An 上の滑らかな m 次元多様体であれば、dimH(A) = m であるので、ハウスドルフ次元は位相次元と矛盾しない拡張となっている[38]。位相次元と呼ばれるものは正確には被覆次元大きな帰納的次元小さな帰納的次元の3つがあるが、ユークリッド空間上では3者は常に一致する[5]。以下、 n 上の集合 X の位相次元を dimT(X) と表す。

位相次元 dimT(X) とハウスドルフ次元 dimH(X) は一致することもあれば、異なることもある[80]。例えば、線分の dimT(X)dimH(X) は共に 1 で、正方形の dimT(X)dimH(X) は共に 2 である[81]。このような単純な図形では dimT(X)dimH(X) は一致するが、図形が複雑になると相異なってくる[81]。しかし一般的な関係として、任意の集合 X の位相次元とハウスドルフ次元は

グレートブリテン島の海岸線をボックス次元で測る様

ハウスドルフ次元は数値の具体的な計算が難しいという欠点がある[90]。これに対し、被覆する集合の直径を全て同じとしたのがボックス次元と呼ばれる次元で、ハウスドルフ次元よりも数学的には扱いにくいが計算は容易である[91]。ボックス次元には同値な定義がいくつかあるが[92]、集合 X に対して

線分・正方形・立方体は、それ自体の中に 1/r 倍のコピーがそれぞれ r1, r2, r3 個ある
コッホ曲線は、それ自体の中に 1/3 倍のコピーが 4 個ある

上記の#自己相似集合の場合に求められる次元 s は、相似次元とも呼ばれる[95]。相似次元は自己相似性の観点から得られる[96]。例えば、ある線分を 1/3 倍したコピーを考えると、元の線分はそのコピー 3 = 31 個から成り立っている。また、ある正方形を 1/3 倍したコピーを考えると、元の正方形はそのコピー 9 = 32 個から成り立っている。そして、ある立方体を 1/3 倍したコピーを考えると、元の立方体はそのコピー 27 = 33 個から成り立っている。線分、正方形、立方体のそれぞれの次元 1, 2, 3 は、コピーの個数の指数として現れている。これを一般化すると、c 倍したコピーを考えると元の図形はそのコピーの m 個から成り立つとき、次元 scm のあいだには

整数次元
ポリトープ その他

ハウスドルフ次元

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/25 14:40 UTC 版)

ワイエルシュトラス関数」の記事における「ハウスドルフ次元」の解説

ハウスドルフ次元は次のとおりとなる。 D H = 2 + loga log ⁡ b {\displaystyle D_{H}=2+{\frac {\log {a}}{\log {b}}}}

※この「ハウスドルフ次元」の解説は、「ワイエルシュトラス関数」の解説の一部です。
「ハウスドルフ次元」を含む「ワイエルシュトラス関数」の記事については、「ワイエルシュトラス関数」の概要を参照ください。

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