ダミアン神父
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ダミアン神父(ダミアンしんぷ、英: Father Damien、1840年1月3日 - 1889年4月15日)は、ベルギー出身の宣教師である。ダミアンは修道名であり、本名はヨゼフ・デ・ブーステル(Joseph de Veuster)。ハワイ王国のモロカイ島において、当時誰も顧みなかったハンセン病患者たちのケアに生涯を捧げ、自らもハンセン病で命を落とした。カトリック教会の聖人で、記念日は5月10日である。
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ダミアン神父
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「ハンセン病に関連した人物」の記事における「ダミアン神父」の解説
ダミアン神父は、ベルギー人のカトリック司祭で、アメリカ合衆国ハワイ州モロカイ島でハンセン病患者たちの介護看護に生涯をささげ、自らもハンセン病を発病、命を落とした。1873年、許可を得てハワイのモロカイ島に渡り、ハンセン病患者の救済に尽力した。神父の活動は世界に報じられ、やがて救ライの使徒と呼ばれるようになった。1884年12月にダミアン神父はハンセン病(LL型)を発病した。このとき、癩菌発見に関わった細菌学者ナイセルの弟子の一人であり、当時ハワイでハンセン病の研究中だったアーニングがダミアン神父を診察した。当時はハンセン病に対する医学知識が乏しく、多くの医師が梅毒とハンセン病の区別がつかないばかりか、「梅毒はハンセン病の第4期」と考えていた学者さえいるほどであった。このためダミアン神父のハンセン病罹患の原因を「患者の女性と関係を持ったこと」であるという中傷さえ行われた。その後、ダミアン神父の発症原因については多くの研究が行われたが、そのうちの一人であるジョプリングはダミアン神父が発病したのは患者の世話などでらい菌に対する露出が濃厚であったことと、体質的に発病しやすいタイプであったと考えられると発表している。
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