アーリー・フォードV型8気筒
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/06 01:08 UTC 版)
「V型8気筒」の記事における「アーリー・フォードV型8気筒」の解説
V型8気筒がアメリカで大衆車にまで普及するきっかけとなったのは、1932年にフォードがV型8気筒を導入したことであった。これはトヨタが1980年代中盤より量販型大衆車にDOHCエンジンを大挙搭載したことと並んで、自動車史に残る壮挙の一つと言える。 初期のアメリカ製大衆車が直列4気筒を主流とする中で、1920年代後半以降、シボレーやエセックスが中級車並みの直列6気筒を導入してユーザーにアピールすると、フォード社創業者のヘンリー・フォードはこれに対抗するため、高級車向けのエンジンレイアウトであるV型8気筒をフォードに導入することを決意する。これにはキャデラックやリンカーンの強力かつ洗練されたV型8気筒エンジンに対する、ヘンリー・フォードの強い憧憬が背景にあったと指摘されている。 フォードの第一世代V型8気筒エンジンであるこのブロック・クランクケース一体型の3.6リットルサイドバルブエンジンは、後続のV型8気筒エンジンにも強い影響を与えた傑作で、一般に「アーリー・フォードV8」と呼ばれている。 その優れていた点は、大衆車用に量産されることを十分に念頭に置いて企画・設計された点であった。元々フォード社のエンジンブロック鋳造技術の水準は高かったが、さらに複雑なV型8気筒エンジン用エンジンブロックを一括加工できる効率的なトランスファーマシンの導入を図るなど、生産過程に根本的な改良が施された。この結果、フォードV型8気筒のエンジンブロック加工コストは従来のフォード直列4気筒より低くなったという。さらにのちにはクランクシャフトにダクタイル鋳鉄を用いることで、削り出しや鍛造でなく、鋳造によって低コストなV型8気筒用クランクシャフト生産を実現したことも、技術面の見逃せないブレイクスルーであった。 6気筒よりも軽快に吹け上がり、パワーのある点は歓迎されたが、初期のフォードV型8気筒はオーバーヒートしやすいなどのトラブルも少なくなく、冷却対策や加工精度向上で性能が安定した時期は1930年代後半以降である。1932年の初期形の65HPが、1937年には同じ排気量で85HPまで出力増大した点が、性能向上ぶりを如実に現している。 フォードは1935年にはアメリカ本国モデルへの直列4気筒搭載を中止、大小2種のV型8気筒による「完全V8化」を達成し、1938年にはやはりV型8気筒を搭載する中級車マーキュリーを新規開発、手薄だった中級車分野の強化を図った。元々頑丈さを特長としたフォード車は、V型8気筒の搭載でパワフルな自動車という評価をも得るようになり、一方数年前まで中級車イメージの強かった直列6気筒には「大衆車用の廉価エンジン」という印象が付くようになった。 しかしV型8気筒エンジンの量産化には多額のコストを要すること、当時のアメリカ車における実用上必要な性能は直列6気筒でも十分充足できたことから、戦前に大衆車でのV型8気筒導入はフォードのみに留まった。
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