『名婦の書簡』
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ヒロインを意味する『ヘーローイデス』( Heroides )と略称されることもある『名婦の書簡』( Epistulae Heroidum )はエレギーアの韻律を持つ対句が連なる詩、全21歌からなる詩集である。一編の詩各々は、ギリシャ神話に登場する女性が自らの良人や恋人に宛てて書いた手紙の体裁を取る。手紙には別れて暮らすことへの恨みつらみや恋人が戻ってくるように願う思いなどが表現され、それぞれの神話の結末を暗示するような、その後の彼女らの行動についても書かれている。オウィディウスは本詩集で、過去の文学に類例を見ない斬新な文学類型を生み出した。なお、本詩集の一部ないし全部がほんとうにオウィディウスの作であるのかというオーセンティシティの問題に関しては、疑問が呈されたこともあった。しかしながら『愛の歌』(at Am. 2.18.19–26)におけるオウィディウスの自作解題で、本誌集に係る書簡についての言及があることをもって異議に耐えうると考える研究者が大勢である。 前半の14通の書簡は初版の時点から詩集に含まれていたと考えられている。その14通はペーネロペー、ピュリス、ブリーセーイス、パイドラー、オイノーネー、ヒュプシピュレー、ディードー、ヘルミオネー、デーイアネイラ、アリアドネー、カナケー、メーデーア、ラーオダメイア、 ヒュペルムネーストラー が不在の良人又は恋人に宛てた手紙である。15通目は歴史上の人物サッポーがパーオン(英語版)に宛てたものであるが偽作の可能性がある(『愛の歌』で言及はある in Am. 2.18)。その理由は長さが不自然なことと神話的主題との統合を欠くこと、そして中世の写本でこの部分が見当たらないことが挙げられる。残りの16通目から21通目は恋人への手紙とそれへの返事の手紙の対で構成される。パリスとヘレネー、ヘーローとレアンドロス、アコンティオスとキューディッペー がそれぞれのパートナーに宛てた手紙である。これらはオウィディウス自身による言及がないため、後年になって詩集に付け加えられたものと考えられている。真作か偽作かは両説がある。 『名婦の書簡』はスアーソーリアやエトポエーイアといった雄弁術を駆使した演説法の影響が顕著に見て取れる。スアーソーリア、エトポエーイアはともに説得力のある演説をなし得るように行われる雄弁術の練習方法の一つであり、スアーソーリアは神話や歴史上の特定の場面を想定した上でそこに登場する人物の行動の賛否を弁論すること、エトポエーイアは歴史上の人物などの他人になりきって弁論することを意味する。ヘーローイデスの主人公たちの弁論も大まかな決まり事に従ってなされる。第一にほとんどの手紙ではその書き手が重要な役割を演じる文学作品への言及が行われる。例えば、ディードーの場合は「アエネーイス」への言及が、アリアドネーの場合はカトゥッルスの詩集第64歌への言及が行われる。第二に叙事詩と悲劇の登場人物から、エレギーア恋愛詩の登場人物へと、性格付けの転換が行われる。
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