「腹部剪断」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/06 10:01 UTC 版)
1985年、アメリカの古生物学者 William Akersten は切り裂くように噛み付いていたという考えを示した。この殺害方法は今日のハイエナやイヌ科動物に見られるものと似ている。マカイロドゥス類の一群が獲物を捕らえ無力化し、押さえつけている間に群れの一員が腹腔に噛み付き、引き裂いて切り開く。 この技法が機能するためには特別な運動の継続が必要となる。最初に、獲物は完全に無力化されている必要があり、捕食側のマカイロドゥス類は他の個体が獲物を押さえつけているためには社会性でなければならない。殺害を担当する個体は最大限まで開口し、その下顎を獲物の腹部の皮膚に押しつける。下顎犬歯と下顎切歯が押しつけられたところに窪みができ、下顎が押し上げられるにつれて下顎前歯の上方にかすかにしわがよる。次に、上顎犬歯が皮膚に食い込み、頸の筋肉を使って頭部を押し下げられ、下顎が「上がる」代わりに頭骨が「下がる」こととなる。犬歯が皮膚を貫くとそのまま下がってゆき、開口角が約45°になると頭骨の下降に加えさらに下顎も上昇をはじめる。ほとんどのマカイロドゥス類の下顎前端にある小さな鍔は頭骨の下降を助けるのに役立ったのだろう。この動物の口が閉じられたとき、上下顎の間、犬歯の後方には分厚い皮膚片が挟まり、そして低背部と前半身の筋肉を使って後退し、獲物の腹腔を切り開いた。一旦この大きな裂け目が開くと、腸はむき出しとなり、動脈と静脈は引き裂かれた。出血する獲物は数分で死にいたったであろうし、繰り返される咬撃による衝撃と腹腔から引きちぎられる内臓によりその過程は加速した。 この方法によって社会性のマカイロドゥス類は獲物となる動物に大きな傷を負わせることができた。引き続き起こる大量の出血で血だらけになっただろうが、社会性グループであるならばその場に惹きつけられるほとんど全ての動物を追い払うことがことが可能だっただろう。その噛み方は特殊なものでなくともよく、獲物の死を早めるために繰り返すことができ、ブチハイエナのような数種の現生種の殺害法としてもすでに観察されている。喉の場合と比べても腹部の柔らかい組織によって犬歯が折れることはありそうもなく、頸部とは違って犬歯の動きが増幅されることは腹部においてはない。この腹部剪断仮説は非常に信頼できると一般的にみなされている[誰によって?]。ラ・ブレア・タールピットではスミロドン犬歯の破損例は稀であり、このリスクの少ない方法がそれに貢献していたかもしれない。 しかし、剪断咬撃はマカイロドゥス類にとってはいくつかの理由から問題のあるものだったかもしれない。ほとんどの有蹄類は腹部と後半身周辺の感覚が鋭敏であり、多くの捕食動物は家畜牛と同類の動物を捕まえて制圧するのに頸部や前半身を操作する。獲物を地面に引き倒しその前脚と後脚のあいだに位置取りするとしたら、そのマカイロドゥス類は蹴りを受ける危険性が非常に大きくなる。その蹴りには簡単に歯を折り、顎を砕き、脚を折り、その捕食者を不具にするか殺すかできるだけの力がある。 他の何頭かで獲物を押さえつけている間に別の個体にとどめの咬撃を加えさせるというように社交性を持つことによってその問題は解決される。さらに、バイソンのような大型の有蹄類の腹部の差し渡しは大きすぎ、皮膚の張りは強すぎるので、一頭のマカイロドゥス類が皮膚を咥えたりましてや体からそれを引きちぎるなどということは不可能である。剪断咬撃に関する第3の観点はその犬歯はうまくいけば獲物の腹部に大きな穴を開けることができるが、失敗すれば2本の長い溝を作って皮を剥ぐだけになるかもしれないという点である。そのような傷は痛みと出血をもたらしはするだろうが、死ぬまでの出血にはいたらず、失血死せずに逃げて生き延びることができるかもしれない。 2004年にラ・ブレア・タールピットから産出したスミロドン (S. fatalis ) のCTスキャンから型を取ったアルミニウム製の上下顎を用いて、剪断咬撃を含むスミロドンが用いた可能性のあるいくつかの咬撃技術を家畜牛の死体において再現する実験が行われた。ウシの腹部は差し渡しが大きすぎたので犬歯は皮膚を貫けず、下顎が邪魔をして犬歯がウシの体からそらされてしまうということがわかった。一方でそのモデルは、現生ネコ類のように下顎を引き上げることができたが、それは頸の筋肉の助けを借りて頭骨を押し下げていたマカイロドゥス類はおそらく行っていなかった方法である。その実験手法や手順にミスがあったことが判明しさえすれば実験結果は無効となるので、この仮説は生き残るかもしれない。
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