禅とは?

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ぜん [1] [0] 【禅】

〘仏〙 〔 dhyāna古くからインド行われる修行方法で,精神一つ対象集中し,その真の姿を知ろうとすること。静慮(じようりよ)禅定(ぜんじよう)
禅宗」の略。
禅宗教義修行方法全般のこと。
座禅」の略。

【ぜん】[漢字]

【 全 】 [音] ゼン
欠点やきずがないあますところがない。 「 全人全能全美 ・安全 ・完全 ・十全万全
すべて。みな。まったく。 「 全軍全校全国全集全勝全体全長全部全貌全力
まっとうする。完全な状態にする。 「 保全
【 前 】 [音] ゼン
まえ。さき。
視線向いているところ。 「 前進前途前方
正面方向位置すること。 「 前衛前面前門前輪
ある場所より近いところ。 「 門前霊前前置詞
順序初めであること。 「 前者前編午前
その時より過去時期。むかし。 「 前言前身前人前例前歴以前空前
ある物事実現より早い時期。 「 事前食前寸前直前
一つ分,過去にさかのぼった時。 「 前回前日前任前夜
あらかじめ。まえもって。 「 前借前知前兆前納
【 喘[音] ゼン
あえぐ。せく。 「 喘息喘鳴
いのち。いき。気息。 「 残喘余喘
【 善 】 [音] ゼン
よい。正しい。 「 善悪善意善行善政善導善人善良勧善最善慈善積善善男善女
よく。うまく。十分に。 「 善処善戦善用善後策独善
よくする。 「 善隣親善
【 然 】 [音] ゼンネン
人力の加わらない本来の状態。 「 自然(しぜん)(じねん)) ・本然ほんぜんほんねん) ・天然てんねん
そうなる。そうする。しかり。 「 然諾 ・偶然 ・当然 ・必然未然已然(いぜん)形 」
状態を形容する語をつくる。 「 依然果然毅然(きぜん)欣然きんぜん公然浩然こうぜん寂然せきぜん(じやくねん)) ・全然 ・卒然泰然超然陶然沛然はいぜん憤然平然猛然冷然
【 禅 ( 禪 ) 】 [音] ゼン
天子が神を祭る。 「 封禅ほうぜん
天子が位を譲る。 「 禅譲
梵語 dhyāna音訳禅那」の略。
心を静かにして真理を悟る。 「 禅機禅宗禅定(ぜんじよう)座禅
禅宗」「座禅」の意。 「 禅語禅刹ぜんさつ禅師(ぜんじ)禅堂禅尼禅味禅門禅林参禅
【 漸 】 [音] ゼン
だんだん。次第に。 「 漸減漸次漸進漸漸
だんだんに進む。 「 西漸東漸
ひたす。うるおす。 「 浸漸
【 髯[音] ゼン
ひげ。ほおひげ。 「 紅髯美髯
【 膳 】 [音] ゼン
調理して供する食べ物料理。 「 膳羞(ぜんしゆう)膳部饗膳(きようぜん御膳典膳本膳
器に盛った食べ物載せる台。 「 食膳配膳
【 繕 】 [音] ゼン
つくろう。 「 繕写営繕修繕

禅 zen

古代中国起源とする日本教えで、悟りへの唯一の道は自らの根本的気質にのみ集中することによる直接的直感的洞察であるという考えに基づく。

禅(ぜん)

禅とは梵語のジュハーナ(禅那)ということ沈思黙考のことだそうであるが、今では「無」の境地に入る修行法をさしている。
私共は禅といえば座禅であり、何日間も結跏趺座(けつかふざ)して行ずるものと思っていたが、禅には久米平内がいうように座禅掛け禅、仁王禅があり、椅子かけても仁王様のように立ち上がってもその中に禅があると教えられている。さらに普家(ふけ)禅、吹(すい)禅というような尺八禅もある。

宮本武蔵は、「見よいかに加茂競馬の駒くらべ、駈け返す座禅なりけり」とよんで馬に乗って駈け廻るのも禅だといっているが、これ言うなれば一種の動禅であり、何をやってもいかなる方法以ってしても「無」の境地になり切ればそれは皆禅である。

剣道結局一生懸命にやっても「無」の境地達すれば武蔵流にいえばあきらかに動禅である。座禅公案もなくても剣によって生死超越妙境達すれば、それは明らかに禅であり剣禅一致妙境というべきであろう

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/04/22 15:08 UTC 版)

(ぜん)は、大乗仏教の一派である禅宗(ぜんしゅう)の略、もしくは、サンスクリット語の dhyāna (ディヤーナ)の音写、禅那(ぜんな)の略である[1][2]。また坐禅(座禅)の略としての意もある[3]。本項では宗派についての禅宗について述べる。




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  1. ^ 了義(りょうぎ)。解りやすく崩したり表現を変えるようなことをせず、完全・明白に説かれた教え。涅槃経四依品には、末代の人は了義によるべきであり、不了義によってはならないとある。
  2. ^ 棄悪(きあく)。心の正しき働きを覆い隠すような一切の悪を捨て去る
  3. ^ 功徳叢林(くどくそうりん)。衆徳のあつまること叢林のようである。
  4. ^ 念修(ねんしゅう)。修は習得すること。習得して得られるものは棄悪・功徳叢林である。
  5. ^ 悟りは文字によって得ることはできないとはいえ、沈黙によっても得ることができないとされるため、一切の説明を行わないということはなく、臨機応変な方便として様々な方法で説かれる
  6. ^ 教外別伝(きょうげべつでん)。人格を相伝すること。文字や言葉を残す以外にも、禅師の全人格をそのまま弟子に伝えることが重要であるとされる。
  7. ^ 師資相承(ししそうしょう)。 悟りの機微は師から弟子へと受け継ぐべきものであり、それが法脈となって後世の人々を救う。生きた仏として残るため個別のケースに応じた柔軟な指導が可能となる。そのため固定の戒律を持たず、固定の修行方法を持たず、特別な本尊を定めることもなく、必ず出家しなければならないというような決まった形もない。
  8. ^ 臨機応変(りんきおうへん)。 例えば、あまりに経典を大切にしすぎる人には、正法眼蔵も世尊拈華も真実の悟りから見れば寝言のようなものであるといって捨てさせたり、あまりに経典を軽んじすぎる人には読経を勧めたりといったことである。
  9. ^ 実は『六祖壇経』に慧能は「本来正教無有頓漸(正しい教えに本来は頓も漸もない)」と説いている。従って差異があると主張していたのは神会である。
  10. ^ 教宗では俗人と仏とを別々のものと考えた上で仏性という言葉を使うが、禅宗では俗人も欲を除けばそのまま仏であるという意味で仏性という。全ての人がそなえていると書いたが実際は人に限らず生きとし生けるものすべてが円満に持っており、姿形は動物によって違うが仏性は平等であるとされる。ただし、このように読んで頭で理解するにとどまって体感を伴わないことを嫌うのが禅宗である。
  11. ^ 悟って如来と同じ境地に入ること。体験を経てから涅槃に至るまでの一連の流れについて頓悟漸悟あるが、人の利鈍によって早い遅いがあるにすぎない。
  12. ^ 不立文字・教外別伝(ふりゅうもんじ・きょうげべつでん)。言葉や文字によらず、直に本性を指し示すこと。教宗にはない禅宗の特徴とされる。例えば、月とはこういうものだと口で言って説明するのではなく、黙って月を指さすようなものである。ところが、その指を見ても何のことかわからずに、指の長短や肌の濃淡を論じるような者のために教宗があるとする。ただし、禅宗が指すものは悟りの境地であり、教宗が指すものも悟りの境地である。それゆえ禅・教は表裏一体のものであり、禅の中に教があり、教の中に禅があるため、双方を両立するになんら矛盾はなく、特に他宗派を誹謗する者に対しては禅教の両立が推奨される。
  13. ^ 有田秀穂 東邦大学医学部生理学教授
  14. ^ 世尊拈華、迦葉微笑(せそんねんげ、かしょうみしょう)。故事。釈迦が入滅するに際し、大衆居並ぶ説法の席で一枝の蓮華を拈って見せた。みな何のことかわからず押し黙るなか、ひとりマハーカーシャパだけが微笑してうなずいた。それを見た釈迦はマハーカーシャパが悟りを開いたことを知り、我が不立文字・教外別伝の正法はあなたにゆだねると言って仏法伝授の使命を授けたというもの。
  15. ^ 到達するといっても、なにか悟りという別の境地があってそこへ向かって進むわけではなく、その境地が元々の自分(いわば出生以前の自分)であり、その境地が底なのである。
  16. ^ 外道とは仏教以外の宗教者のこと
  17. ^ 壁は、外から来る妄念から内心を守り隔てるものの例えである。のちになって、物質的な本物の壁の意味に解されたが、これは誤りであろう。(柳田聖山 達磨の語録 P51)
  18. ^ 身口意の三業(しんくいのさんごう)。みだりに殺すこと、盗むこと、犯すこと、罵ること、騙すこと、綺語を言うこと、詭弁を言うこと、貪ること、怒ること、邪なことの十悪。
  19. ^ 身口意の三業。来世の生存は業を因縁として決定する。悪業に限らず、善業であっても善果としての来世が決定してしまうため、輪廻を逃れることができない。そのため善悪そのものを離れてしまうことが重視される。そして苦楽や生死についても同様に、とらわれないことを重視する。生死にとらわれなければ、輪廻もまた消滅するので、すべてが寂滅した世界観が開ける、というような意味である。しかし、このように学んだだけで実感を伴った悟りに至る人はまれである。それゆえ禅宗では話をせず、一切を投げすてて悟りの本分に直行させるために教外別伝を行う。
  20. ^ 禅宗以外の仏教宗派では衆生を成仏させきってから自らが成仏するのが菩薩であるとされるが、禅宗では先に自らが成仏して如来となってから衆生を導くことを謳う。この両者は手段が違っているだけで、衆生を済度しようという目的は同じであるため、どちらが間違っているということはない。もしこの両者について正誤にとらわれる者があるならば、彼は自分自身が小乗に陥っていないか省みる必要があるとする。
  21. ^ 睡眠中も無意識ではあるが、眠りという無明が付着しているために夢を見て一喜一憂する。理法に目覚めながら目覚める対象にとらわれないのが仏である。
  22. ^ 只管打坐(しかんたざ)。真実の只管打坐は単なる無念無想や無意識というようなものではなく、意識があるでもなくないでもなく、無念でも有念でもなくて、心身が澄み渡った空のように清くありのままを映し出す鏡のように感じられるところにあるとされる。ただし、この境地すらいまだ大悟徹底ではない。しかし大悟徹底の前段階であるとして歓迎される。
  23. ^ 修証一如(しゅしょういちにょ)。坐禅は、まだ悟っていない者が修行によって悟りに到達するようなものではなく、生来的に仏性を持っている(悟っている)はずの者が改めて修行をするのであって、それは修行がそのまま悟りなのであるという意味の喝。どんな凡人・外道も本質は仏なのであって、もともと悟った仏である者が、ことさら悟りを求めて坐禅するということがあってはならない。仏が仏になることを目指すというのであれば、大乗仏教が元々仏たる性質を指摘する本意に反するからである。
    このように、心そのものが即そのまま仏であると教えるのは、悟り・涅槃・仏性に執着させないための方便である。
  24. ^ 心がけの良くない修行者とは、はじめから本気で仏道を求める気持ちが無く、禅僧としての名声を求めていたり、金稼ぎを目論んでいたり、他人に言い負かされたくない一心で、あるいは知識をひけらかすために経典の学習を優先し、初心者に対して褒め貶しを行うような者。
  25. ^ 心身は幻であると聞けば、諸行無常のことを言っているのだと理解するかもしれないが、大乗教では実体がないことを理由に固定観念をうち破って中道に至らせる意味で使う。水面に映った月は、実相であるとは言えないが、確かに姿を映しているように見えるから実相ではないとも言えない。有るわけでもなし無でもなし、しかし有でもあり無でもあるという中道にこそ実相があるという意味である。禅宗では、世界はこのように曖昧であるから捨て置け、坐禅せよと教える。
  26. ^ 唯識では迷妄と悟りが調和した境地を第八識、常住不滅の衆生の本心を第九識などと区別して教えた。



出典:『Wiktionary』 (2012/04/08 00:56 UTC 版)

発音

熟語


出典:『Wiktionary』 (2010/11/02 08:06 UTC 版)

発音



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