食物繊維
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/20 05:33 UTC 版)
概要
従来は、消化されず役に立たないものとされてきた。後に有用性がわかってきたため、日本人の食事摂取基準で摂取する目標量が設定されている[1]。ただし、定義から明らかなように栄養素ではない。
ヒトの消化管は自力ではデンプンやグリコーゲン以外の多くの多糖類を消化できないが、大腸内の腸内細菌が嫌気発酵することによって、短鎖脂肪酸やメタン、二酸化炭素、水素などに分解される。短鎖脂肪酸の83%が酢酸、プロピオン酸、酪酸で占められ、産生比は60:20:20の割合である。産生された短鎖脂肪酸の大部分は大腸から吸収される。酢酸は宿主のエネルギー源となり、プロピオン酸は肝臓で糖新生の原料として利用され、酪酸は結腸細胞に優先的にエネルギー源として利用される[2]。食物繊維の大半がセルロースであり、人間のセルロース利用能力は意外に高く、粉末にしたセルロースであれば腸内細菌を介してほぼ100%分解利用されるとも言われている[要出典]。デンプンは約4kcal/g のエネルギーを産生するが、食物繊維は腸内細菌による醗酵分解によってエネルギーを産生し、その値は一定でないが、有効エネルギーは0 - 2kcal/gであると考えられている。また、食物繊維の望ましい摂取量は、成人男性で19g/日以上、成人女性で17g/日以上である[1]。
食物繊維は、大腸内で腸内細菌によりヒトが吸収できる分解物に転換されることから、食後長時間を経てから体内にエネルギーとして吸収される特徴を持ち、エネルギー吸収の平準化に寄与している。大腸の機能は食物繊維の存在を前提としたものであり、これの不足は大腸の機能不全につながることになる。食物繊維をNSP[3](non‐starch polysaccharide、非デンプン性多糖類)と呼ぶこともある。
歴史
1918年、医師であるジョン・ハーヴェイ・ケロッグは『自家中毒』[4]という著書を出版し、腸内で細菌が未消化タンパク質から作る毒が健康を害するという自家中毒説をもとに、未消化の肉には細菌が繁殖しやすいが、食物繊維は腸を刺激して活発にさせるので毒が作られにくいという理由で菜食をすすめた[5]。
しかし、一方で栄養学では「食べ物のカス」ともされ、長年役に立たないものと認識されていた。たとえば、栄養学の創設者である佐伯矩は、玄米は栄養が多いが未消化物が多いので消化吸収の効率が悪いなどとして、ある程度精白した米である七分搗き米をすすめていた[6]。
1960年代の南アフリカのジョージ・オットル(George Oettle)が、食物繊維と大腸がんの関連の研究をしていた。1967年に、インドのマルホトラは食物繊維の摂取が多い場合、がんのリスクが減るという報告をしている[7]。
1970年前後、バーキット[8]はオットルの研究を発展させランセットなどで研究報告[9][10]を行い、食物繊維が少ないと腸内の疾患のリスクが上がるだろうという説が広く知られるようになっていった。1975年にバーキットはトロウェル (Hugh Trowell)と共著で『精製炭水化物と病気-食物繊維の影響』[11]を出版し、精白していない穀物である全粒穀物の食物繊維が有益であると述べ、このことは科学的研究によって確認されていった[12]。
日本では2000年の「第6次改定日本人の栄養所要量[13]」から摂取量について目標量が設定されている。
分類と種類
大きく水溶性食物繊維 (SDF : soluble dietary fiber)と不溶性食物繊維 (IDF : insoluble dietary fiber)に分けられる。粘性や発酵性で分類する場合もある。
水溶性/不溶性
水溶性食物繊維
- ペクチン - 植物の細胞壁における細胞間接着物質であり、果物に多く含まれる
- グアー豆酵素分解物 - 増粘安定剤(食品添加物)として用いられる
- グルコマンナン - コンニャク芋の貯蔵炭水化物であり、こんにゃくの原料。なお、固化したこんにゃくは不溶性食物繊維が大半となる
- βグルカン
- ポリデキストロース - 化学的に合成された人工の水溶性食物繊維
- フルクタン - ラッキョウ[14]、キクイモ、アーティチョークなどに含まれるフルクトース分子の重合体である。イヌリン、レバン、グラミナンもフルクタンに含まれる。
- イヌリン - ゴボウやキクイモなどキク科植物の根や地下茎に含まれる貯蔵炭水化物
- アラビアガム - アカシア属アラビアゴムノキ(Acacia senegal)、またはその同属近縁植物の樹皮の傷口からの分泌物を乾燥させたもの
- マルチトール
- サイリウム
- 難消化性オリゴ糖
- 難消化性デキストリン
(海藻に含まれる水溶性食物繊維)
- アガロース - 海藻のうち紅藻の細胞壁の主要構成要素であり、紅藻から抽出される寒天の主成分
- アルギン酸ナトリウム - 海藻のうち褐藻の細胞壁の主要構成要素であり、コンブなどに含まれる
- カラギーナン - ヤハズツノマタやスギノリなどの紅藻類に多く含まれる多糖
- フコイダン、ポルフィラン、ラミナラン[15]
不溶性食物繊維
- セルロース、ヘミセルロース、リグニン - 植物の細胞壁の主要構成要素で、野菜など植物性食品から多く得られる。日本人は平均15g/日の食物繊維を摂取しているが、そのうち12gは不溶性食物繊維で、そのほとんどがセルロースであると推定されている[16]。
- キチン、キトサン - 甲殻類の殻や菌類の細胞壁などの主成分
不溶性食物繊維と水溶性食物繊維の特性をあわせ持つもの
- レジスタントスターチ(難消化性でんぷん) - 難消化のメカニズムによりRS1からRS4までの4つの分類がある。米やジャガイモを炊いて冷やすといった手順でも変化する
粘性/非粘性
溶けるとゲル状となり栄養吸収をゆっくりとさせる。[17]
粘性食物繊維
- ペクチン
- βグルカン
- グアーガム
- サイリウム
非粘性食物繊維
- セルロース
- リグニン
発酵性/非発酵性
大腸内のバクテリアにより発酵され短鎖脂肪酸(SCFA)やガス(おなら)が産生される。[17]
発酵性食物繊維
- ペクチン
- βグルカン
- グアーガム
- サイリウム
- イヌリン
- フラクトオリゴ糖類(FOS)
非発酵性食物繊維
- セルロース
- リグニン
注釈
出典
- ^ a b c 厚生労働省、「炭水化物 (PDF) 」『日本人の食事摂取基準」(2010年版)』、2016年7月22日閲覧
- ^ Keith A. GARLEB, Maureen K. SNOWDEN, Bryan W. WOLF, JoMay CHOW, 田代靖人 訳、「発酵性食物繊維としてのフラクトオリゴ糖の医療用食品への適用」『腸内細菌学雑誌』 2002年 16巻 1号 p.43-54, doi:10.11209/jim1997.16.43
- ^ 食物科学のすべて 第4版 建帛社 P.M.GAMAN/K.B.SHERRINGTON 著 中濱信子 監修 村山篤子/品川弘子 訳 2006年12月
- ^ John Harvey Kellogg Autointoxication ,1918
- ^ 石毛直道, 小林彰夫, 鈴木建夫, 三輪睿太郎, Kenneth F. Kiple, Kriemhild Coneè Ornelas『ケンブリッジ世界の食物史大百科事典』朝倉書店〈4 栄養と健康・現代の課題〉、2004.9-2005.11、229-244頁。ISBN 4254435312。CRID 1130282271551740928 。 原著(Cambridge University Press, 2000)2巻本の全訳
- ^ 佐伯矩『栄養之合理化』愛知標準精米普及期成会、1930年。
- ^ Malhotra SL (1967-08). “Geographical distribution of gastrointestinal cancers in India with special reference to causation”. Gut 8 (4): 361-72. PMC 1552547. PMID 6039725 .
- ^ DENIS BURKITT – A LIFE OF SERVICE by William Reville, University College, Cork
- ^ Burkitt DP. "Related disease--related cause?" Lancet. 2(7632), 1969 Dec 6, pp1229-31. PMID 4187817, doi:10.1016/S0140-6736(69)90757-0
- ^ Burkitt DP. "<3::AID-CNCR2820280104>3.0.CO;2-N Epidemiology of cancer of the colon and rectum." Cancer 28(1), 1971 Jul, pp3-13. PMID 5165022
- ^ BURKITT D.P., TROWELL H.C Refined Carbohydrate Foods and Disease: Some Implications of Dietary Fibre, 1975. ISBN 978-0-12-144750-2
- ^ Leonard Marquart et al. Whole Grains and Health: An Overview Journal of the American College of Nutrition, Vol. 19, No. 90003, 289S-290S (2000). PMID 10875599
- ^ 第6次改定日本人の栄養所要量について (厚生労働省)
- ^ 小林恭一、「花らっきょうと乳酸菌」『日本乳酸菌学会誌』 2002年 13巻 1号 p.53-56, doi:10.4109/jslab1997.13.53
- ^ a b c d e 吉江由美子、「海藻の食物繊維に関する食品栄養学的研究」『日本水産学会誌』 2001年 67巻 4号 p.619-622, doi:10.2331/suisan.67.619
- ^ 辻啓介、森文平『食物繊維の科学』 p22、1997年9月5日、朝倉書店、ISBN 4-254-43512-6 C3361
- ^ a b “繊維/その他の分類体系”. Linus Pauling Institute (微量栄養素情報センター). 2018年11月28日閲覧。
- ^ a b 大隈一裕、松田功、勝田康夫、岸本由香、辻啓介「難消化性デキストリンの開発」『Journal of applied glycoscience』第53巻第1号、日本応用糖質科学会、2006年1月20日、65-69頁、NAID 10016738765。
- ^ 中山行穂、「食物繊維の構造と機能」『生活衛生』 1991年 35巻 1号 p.32-37, doi:10.11468/seikatsueisei1957.35.32
- ^ 特定保健用食品の製品情報 - 「健康食品」の安全性・有効性情報(国立健康・栄養研究所)
- ^ Report of a Joint WHO/FAO Expert Consultation Diet, Nutrition and the Prevention of Chronic Diseases, 2003
- ^ Read, NW; Timms, JM (1987). “Constipation: Is there light at the end of the tunnel?”. Scandinavian Journal of Gastroenterology (Taylor & Francis) 22 (sup129): 88-96. doi:10.3109/00365528709095858. PMID 2820050 .
- ^ World Cancer Research Fund and American Institute for Cancer Research (2007). Food, Nutrition, Physical Activity, and the Prevention of Cancer: A Global Perspective. Amer. Inst. for Cancer Research. ISBN 978-0972252225 日本語要旨:食べもの、栄養、運動とがん予防、世界がん研究基金と米国がん研究機構
- ^ “"Feeling a little lost?" / Health Effects of Eating Fiber”. 2010年6月8日閲覧。[リンク切れ]
- ^ 村上健太郎、佐々木敏、大久保公美、高橋佳子、細井陽子、板橋真美、「食物繊維摂取量およびグライセミック・インデックス(GI)と肥満度との関連:18~20歳の女子学生3931人の横断研究」 2008年
- ^ 藤田昌子, 長屋聡美「食品の違いによる食後血糖への影響」(PDF)『岐阜女子大学紀要』第32号、岐阜女子大学、2003年、131-136頁、ISSN 02868644、NAID 80015987150、国立国会図書館書誌ID:6602656。
- ^ 中山行穂、「食物繊維の構造と機能 (1) 化学構造と分析法」『生活衛生』 1991年 35巻 1号 p.32-37, doi:10.11468/seikatsueisei1957.35.32
- ^ a b Jenkins, D.J.A., Lees, A.R., Gassull, M.A.,Cochet, B. and Alberti, G.M.M.: Ann. Intern. Med., 80, 20 (1977)
- ^ a b c 奥恒行、藤田温彦、細谷憲政、グルコマンナン、プルランならびにセルロースの血糖上昇抑制効果の比較 『日本栄養・食糧学会誌』 1983年 36巻 4号 p.301-303, doi:10.4327/jsnfs.36.301
- ^ 中村禎子 ほか、「alginolyticus SUN53によるアルギン酸小分子分解物のラット小腸粘膜二糖類水解酵素に対する阻害作用」『日本食物繊維学会誌』 2008年 12巻 1号 p.9-15, doi:10.11217/jjdf2004.12.9
- ^ 森高初恵, 中西由季子, 不破眞佐子 ほか、「米飯の熱特性、感覚特性とグリセミックインデックスに及ぼす寒天の影響」『日本調理科学会誌』 2012年 45巻 2号 p.115-122, NAID 110009437800, doi:10.11402/cookeryscience.45.115
- ^ 内田あゆみ ほか、「ジャンボリーキが病態モデルラットへの血糖値および肝機能に及ぼす影響について」『日本食品科学工学会誌』 Vol.55 (2008) No.11 P.549-558, doi:10.3136/nskkk.55.549
- ^ Effects of high performance inulin supplementation on glycemic control and antioxidant status in women with type 2 diabetes. Pourghassem Gargari B, et. al., Diabetes Metab J. 2013 Apr;37(2):140-8. doi: 10.4093/dmj.2013.37.2.140. Epub 2013 Apr 16.
- ^ a b 荒木茂樹, 伊藤一敏, 青江誠一郎 ほか、「大麦の生理作用と健康強調表示の現況」『人間生活文化研究』 2009年 67巻 5号 p.235-251, doi:10.5264/eiyogakuzashi.67.235
- ^ 辻啓介、「食物繊維の保健効果」『ビフィズス』 1995年 8巻 2号 p.125-134, doi:10.11209/jim1987.8.125
- ^ 入江潤一郎、伊藤裕、「腸管環境と心血管病」『心臓』 2012年 44巻 12号 p.1498-1503, doi:10.11281/shinzo.44.1498
- ^ Kajiya, Mikihito; Sato, Kimihiro; Silva, Marcelo J.B.; Ouhara, Kazuhisa; Do, Phi M.; Shanmugam, K.T.; Kawai, Toshihisa (2009). “Hydrogen from intestinal bacteria is protective for Concanavalin A-induced hepatitis”. Biochemical and Biophysical Research Communications 386 (2): 316-321. doi:10.1016/j.bbrc.2009.06.024. ISSN 0006291X.
- ^ 森田邦正「ダイオキシン類の排泄促進に関する研究 : 平成10年度厚生科学研究(生活安全総合研究事業)研究報告書」文献番号:199800565A、厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業、1999年3月。
- ^ 五訂増補日本食品標準成分表
- 1 食物繊維とは
- 2 食物繊維の概要
- 3 効果
- 4 日本でよく知られた食品の食物繊維
- 5 脚注
食物繊維と同じ種類の言葉
- 食物繊維のページへのリンク