協調介入
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/23 23:48 UTC 版)
概要
為替相場は、必ずしも適正な為替レートで取引されているとは限らず、一国の利害や投機筋の思惑で乱高下することが多い。こうした急激な為替相場の変動は阻止しなければ、世界的に経済に悪影響をもたらせるため、過去にはプラザ合意後の「ドル売り」やルーブル合意後の「ドル売り」などの協調介入が行われた。
最もよく知られた多国間の協調介入としては、1985年のプラザ合意で決定された日本をはじめ、先進5カ国の協調介入で、行き過ぎたドル高を修正し、対外不均衡を為替相場面で是正するために、各国がドル売りの協調介入に乗り出し、その後の円高・ドル安の基調をつくった。
協調介入の事例
協調介入の事例を記載する。なお、協調介入が検討され、実際には実施されなかった事例についても記載する。
- 1985年9月 - プラザ合意によるドル高是正。G5(日本、アメリカ、イギリス、西ドイツ、フランス)ドル売り協調介入で、1ドル=240円台から1年後には150円台に[4]。
- 1987年2月 - ルーブル合意。プラザ合意によるドル高是正の行き過ぎ修正のため行われたが、長続きせず失敗[4]。
- 1995年7月 - 4月にドルが79.75円の最安値を付けたことから円高を阻止するために、日米協調介入が実施される。「七夕介入」とも呼ばれる。ドル円は年末までに103円台に上昇[4]。
- 1998年6月 - アジア危機を受け、円買いドル売りの日米協調介入[4]。
- 2000年9月 - 1999年1月に誕生したユーロの一本調子の下落に対する対応として、G7は協調介入が行われた[3][4]。
- 2008年3月 - アメリカのサブプライムローンに端を発する金融危機時には、アメリカをはじめ、日本、ヨーロッパ各国が、ドル防衛のための協調介入について、秘密合意があったと日本経済新聞は報じている。この際はドルが持ち直したことから、協調介入は見送られた。
- 2011年3月 - 東日本大震災時に発生した急激な円高(17日早朝、1ドル=76円25銭)に対する対応として、G7が協調介入を実施することに合意し、実施された結果として81円台に回復した[5][6][4]。
外部リンク
関連項目
- ^ “「単独介入」と「協調介入」では効果が全く違うと専門家”. NEWSポストセブン (2010年9月29日). 2018年5月1日閲覧。
- ^ 伊藤 隆敏 (2002年3月). “日本の通貨当局による為替介入の分析” (PDF). 2018年5月1日閲覧。
- ^ a b 上野泰也 (2009年12月7日). No.1エコノミストが書いた世界一わかりやすい為替の本. 東京: かんき出版. ISBN 9784761266523. OCLC 488492903 2018年5月1日閲覧。
- ^ a b c d e f “トウシル 楽天証券 - ハッサクのなるほど為替超入門 協調介入”. 2020年12月5日閲覧。
- ^ “G7が10年半ぶり協調介入、断続実施で震災下での円高阻止へ”. ロイター (2011年3月18日). 2018年5月1日閲覧。
- ^ 伸二, 松村 (2011年3月18日). “G7「協調介入」緊急合意の神通力 16年前と市場環境様変わりで円高は一時的?”. 日経ビジネスオンライン. 2018年5月1日閲覧。
- 1 協調介入とは
- 2 協調介入の概要
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