SUPER GT/JGTC
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/15 01:22 UTC 版)
「キャロッセ」の記事における「SUPER GT/JGTC」の解説
1990年代後半より、JGTC(現SUPER GT)のGT300クラスにスバル・インプレッサWRX STIで参戦していた。変遷の激しい日本モータースポーツ界において1990年代より参戦していた老舗であり、また10年以上にわたってチームやメインスポンサーが変わっていなかった、2009年の第6戦にレガシィB4が参戦するまでスバル勢では唯一のマシンであったなど、稀有な点の多い存在であった。参戦当初は4ドア車のGT参戦がルール上認められていなかったために「特認」扱いとなっていたが、のちにインプレッサの活躍などもあってルールが変更され、現在では4ドア車の参戦が公式に認められている。マシンはSUPER GTのレギュレーションに合わせ市販車両から大幅な改造が施され、エンジンはスバル直系のチューニング会社でもあるSTIがエンジンのメンテナンスを担当していた。ドライバーは長年に渡って小林且雄と谷川達也のコンビが担当していたが、2007年からは山野哲也がエースドライバーとなっていた。 マシンは参戦初期より旋回性能や車重を考慮して駆動方式を市販状態の四輪駆動からFR(フロントエンジン・リアドライブ)に変更し、ボディにもキャロッセ仕様のエアロパーツが用いられていた。一方でベース車両が世界ラリー選手権向けに設計されたインプレッサであったことから、他の純レース用スポーツカーに比べ車高や空力性能(いわゆるCd値)において不利であり、次第に他の参戦マシンの開発戦争から遅れる結果となり、2000年代中盤には苦戦を強いられるようになった。 2007年シーズンはタイヤをヨコハマタイヤからダンロップに変更し、ドライバーには昨年GT300クラスのチャンピオンを獲得した山野哲也をエースとして迎え入れ、さらに元チャンピオン経験者である青木孝行も加えた豪華なコンビで参戦。雨のレースとなったスポーツランドSUGOでは濡れた路面をAWDで駆け抜け一時トップに立つなど印象的な活躍をした。 2008年シーズンは山野哲也の新たなパートナーとして佐々木孝太が起用された。山野哲也と佐々木孝太のコンビは2005年にGT300クラスチャンピオンを獲得している。同年6月にマレーシアのセパンインターナショナルサーキットで行われたSUPER GT第4戦では遂に初優勝を飾った。予選でも速さを見せておりまさに圧勝だった。第6戦もウェット路面だったこともありポールポジション獲得。また、終盤2戦は佐々木が他レースのスケジュール上参戦できなかったため、代役として同年の全日本F3選手権チャンピオンのカルロ・ヴァン・ダムを起用。最終戦ではヴァン・ダムが予選アタックを担当して見事ポールポジション獲得。ここでもウェット路面だったこともあるが、短い時間でほぼ完璧に乗りこなしたヴァン・ダムの潜在能力の高さも見せた。決勝でも後半に雨が降ったこともあり追い上げて3位表彰台でシーズンを締めた。 2008年の第3戦からGRB型インプレッサで参戦する予定であったがベース車がハッチバックに移行したため開発が難航し、結局シーズン終了まで変更は行われず、翌年はチームの方針変更で本業であるラリー競技に専念するためにGTから事実上撤退した。以降2021年現在まで、GT活動は行われていない。
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