第46回天皇杯全日本サッカー選手権大会
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決勝が開催された駒沢競技場
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開催国 | ![]() |
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開催期間 | 1967年1月12日-1月15日 |
参加チーム数 | 8 |
優勝 | 早稲田大学 |
準優勝 | 東洋工業 |
試合総数 | 8 |
ゴール数 | 20 (1試合平均 2.5点) |
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第46回天皇杯全日本サッカー選手権大会(だい46かいてんのうはいぜんにっぽんサッカーせんしゅけんたいかい)は、1967年(昭和42年)1月12日から1月15日まで開かれた天皇杯全日本サッカー選手権大会である。
概要
- 本大会より大学チームに与えられる出場権は全国大学サッカー選手権大会(インカレ)の上位4チームに改められた。
- 本大会と第45回は駒沢競技場にて決勝戦が行われた。
- 本大会より天皇杯が一新され2代目が下賜された。
- 2代目天皇杯を最初に獲得したのは、最上級生・釜本邦茂をエースストライカーとして擁する早稲田大学であった。学生チームによる天皇杯優勝は本大会が最後となっている。
出場チーム
日本サッカーリーグ
大学
結果
1回戦 | 準決勝 | 決勝 | ||||||||
1967年1月 | ||||||||||
東洋工業 | 3 | |||||||||
1967年1月 | ||||||||||
関西学院大学 | 0 | |||||||||
東洋工業 | 1 | |||||||||
1967年1月 | ||||||||||
古河電工 | 0 | |||||||||
古河電工 | 2 | |||||||||
1967年1月15日(延長) | ||||||||||
中央大学 | 0 | |||||||||
東洋工業 | 2 | |||||||||
1967年1月 | ||||||||||
早稲田大学 | 3 | |||||||||
八幡製鉄 | 2 | |||||||||
1967年1月 | ||||||||||
東京教育大学 | 0 | |||||||||
八幡製鉄 | 1 | |||||||||
1967年1月 | ||||||||||
早稲田大学 | 2 | 3位決定戦 | ||||||||
三菱重工 | 1 | |||||||||
1967年1月 | ||||||||||
早稲田大学 | 3 | |||||||||
古河電工 | 1 | |||||||||
八幡製鉄 | 4 | |||||||||
参考資料
- 第94回天皇杯全日本サッカー選手権大会大会パンフレット (p. 56)
関連項目
外部リンク
「1966 Emperor's Cup」の例文・使い方・用例・文例
- 住宅都市開発省長官の職は1966年に設けられた
- 運輸省長官の職は1966年に設けられた
- 1965年から1966年にかけて米国が行った宇宙旅行計画
- 1966年に米国で設立された宗派
- 英国の物理学者で、イオン圏の研究で知られる(1892-1966)
- 英国の辞書編集者で、オックスフォード英語辞典の共同編集者(1872年−1966年)
- 米国の劇作家(1893年−1966年)
- 米国の心臓外科医で、1966年に人間の患者に最初の人工心臓を移植した(1908年生まれ)
- 英国の冒険小説の作者で、ホレイショー・ホーンブローアー・キャプテンを主人公にした(1899年−1966年)
- ネールの娘で、1966年から1977年までインドの首相として勤めた(1917-1984年)
- スイスの彫刻家、画家で、細長い姿のブロンズ像で知られる(1901年−1966年)
- 米国の弁護士、政治家で、1930年から1966年まで米国の映画の道徳的な内容を定めた製造規則を定式化した(1879年−1954年)
- ハンガリーの化学者で、放射性同位元素を研究し、元素ハフニウムの発見者の1人(1885年−1966年)
- 米国の彫刻家(1887年−1966年)
- 米国のコメディアン、サイレント映画の俳優で、そのアクロバット技術とまじめな顔で知られる(1895年−1966年)
- ベルギーの宇宙論者で、宇宙の起源のビッグバン理論を提唱した(1894年−1966年)
- 米国の精神科医で、チャールズ・メニンガーの息子(1899年−1966年)
- 第二次世界大戦の間の太平洋船隊の米国の海軍大将で、日本の海軍を破壊するのに航空母艦を使用した(1885年−1966年)
- 米国の画家(1870年−1966年)
- 米国の作曲家で音楽評論家(1885年−1966年)
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