18世紀以降のセレナーデ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/13 04:33 UTC 版)
「セレナーデ」の記事における「18世紀以降のセレナーデ」の解説
音楽史において最も重要で一般的なセレナーデの種類は、複楽章による大規模な合奏曲である(これは特に「セレナード」の表記が日本語で用いられる場合が多い)。ディヴェルティメントとも関連があり、主に古典派やロマン派において作曲されたが、20世紀に入ってからもわずかな作例がある。交響曲や協奏曲などの複楽章制による絶対音楽に比べると、楽章数が多いこと、性格的に軽めであること、主題の展開や表現の濃密さよりも、響きのよさや愉悦感が重視されがちであること、などの特色がある。その作例は、イタリア、オーストリア、ボヘミア、ドイツにまで広がっている。 18世紀のセレナーデに典型的な楽器編成は、木管楽器とヴィオラ、複数のコントラバスであった。これらは「立って」演奏できる楽器であり、セレナーデが屋外ないしは野外で演奏されるという伝統に深く関係するものだった。古典派のセレナーデは、開始楽章と終楽章において行進曲が使われている。これは、演奏家が入退場の際に、しばしば行進しなければならなかったからだろう。この種のセレナーデで最も有名なのは、間違いなくモーツァルトの作品群である。楽章数は4楽章をこえ、ときに10楽章にまで及ぶ。モーツァルトの最も有名なセレナーデは、《ハフナー・セレナーデ》と、弦楽合奏もしくは弦楽四重奏のための《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》である。大掛かりなセレナーデは、時にそこから適宜楽章を抜粋して、交響曲や協奏曲に改変されることもあった。 18世紀以前のセレナードは夜に演奏されるための音楽であって、夜をイメージして作曲されたものではない。セレナードに静けさや神秘性といった夜のイメージを表現する試みが現れ始めたのは、文学や絵画、思想界で感性の中に夜がテーマとして発見された19世紀以後の事になる。そうした新しいかたちの夜の音楽の最初期のものにジョン・フィールドの「ノクターン」がある。 19世紀までにセレナーデは演奏会用の作品に変質し、戸外や儀礼とほとんど無縁になった。ブラームスの2つのセレナーデは管弦楽曲であり(ただし第1番は当初は室内楽編成だった)、管弦楽法に習熟するための、いわば交響曲の習作だったといっても差し支えない。弦楽オーケストラのためのセレナーデは、ドヴォルザーク、チャイコフスキー、エルガー、スクなどが作曲している。ヴォルフの《イタリアのセレナーデ》は、単一楽章による弦楽四重奏ないしは弦楽合奏のための作品で、セレナーデとして作曲された短い音詩というべき作品である。管楽合奏のためのセレナーデはドヴォルザークやリヒャルト・シュトラウスなどが作曲している。シベリウスは、協奏的作品として2曲のセレナーデを作曲しているが、弦楽合奏のための組曲《恋する人》(原曲は男声合唱曲)は一種の弦楽セレナーデと呼べなくない。その他のセレナーデとしてはフックスやレーガーの作品、ニールセンの《かいなきセレナーデ》などが挙げられる。
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