1200番台塗色変更・10両編成化関連
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「国鉄103系電車」の記事における「1200番台塗色変更・10両編成化関連」の解説
1989年(平成元年)に中央・総武緩行線に205系が黄帯で登場し、誤乗防止の観点から帯色をスカイブルー(青22号)に変更した。同時に駅の放送や案内板も「銀色に青帯の電車」に変更された。1987年(昭和62年)4月1日の国鉄分割民営化後は、JNRマークをラインカラーで塗りつぶし、白色の巨大なJRマークを先頭車の側面窓下に貼付するという小変化があった。 ラインカラー変更とほぼ同時期に冷房改造が若干早期に行われたため、冷房改造された黄帯編成も存在した。同時にクモハ102形を除く全形式に側面行先表示器を搭載し、前面方向幕も連電動化された。 1991年(平成3年)12月1日ダイヤ改正では東西線完全10両化により、7両編成で残存していた本系列5本(35両)と301系2本(14両)は全て10両編成に組み替えられた。余裕が生じていたため12両が常磐快速・成田線用として松戸電車区に転出した。これは、冷房化の予備車を確保するために松戸電車区から借入扱いで転入していた103系1000番台を本配置(のちのK8編成)とし、代わりに余剰となった車両を転出させて返却扱いとしたためである。 残存車は、7両編成時代の旧K12・K13編成を中心に以下の車両を組み合わせ10両の新K6・K7編成を組成した。 モハ103・102-1202 : 松戸転出の旧K9編成から捻出 モハ103-1207+モハ102-1205 : 残存の旧K11編成から捻出 サハ103-429・430 : 浦和電車区から転入 モハ103-1207+モハ102-1205を抜き取った旧K11編成は、5両編成で新K9編成となり、同じく10両編成化で5両編成で残った301系と組成した。*のちに301系5両編成が廃車されたため、予備編成となった。 編成表(10両統一後) ← 津田沼・西船橋 中野・三鷹 → 号車1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 編成番号K6クハ103-1204 モハ103-1211 モハ102-1208 モハ103-1210 モハ102-1207 サハ103-430 モハ103-1214 モハ102-1210 モハ103-1212 クモハ102-1204 K7クハ103-1205 モハ103-1202 モハ102-1202 モハ103-1207 モハ102-1205 サハ103-429 モハ103-1213 モハ102-1209 モハ103-1215 クモハ102-1205 K9クハ103-1203 モハ103-1208 モハ102-1206 モハ103-1209 クモハ102-1203
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