開発の顛末とその後とは? わかりやすく解説

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開発の顛末とその後

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/22 06:31 UTC 版)

Thrill Kill」の記事における「開発の顛末とその後」の解説

1990年代半ば、パラドクス・デベロップメントは、Earth Monsterというスポーツゲーム企画していた。このゲームは、メソアメリカの球戯モチーフにしつつも、ボールを輪に入れようとするほかのキャラクター蹴った殴ったりして妨害するシステム取り入れられていた。販売元のヴァージン・インタラクティブからより暴力性高めてほしいという要望何度寄せられたため、この企画スポーツゲームから格闘ゲームへと転換したまた、ヴァージン論争巻き起こした方がより売れると判断しテーマ古代アステカ文明からBDSMへと変更した本作プロデューサーのハーバード・ボーニン(Harvard Bonin)は開発時の参考資料として、 雑誌Skin Two」をはじめとするBDSMメディア参照した『モータルコンバット』のような残虐ゲーム目指し作られ本作は、発売されていれば初の4人対戦3D格闘ゲームになるはずだった。また、パラドクス側もゲーム売れればメインストリームでの認知度が高まると考えていた。アシスタントプロデューサーのブライアン・ゴメス( Brian Gomez)は、ミュージカル『キャッツ』ヒントに、地獄にいる10忌むべき魂たちが現世への復活をかけて戦う物語考案したまた、この時点では"Bitch Slap", "Swallow This", "Crotch Crush","Miner 69er"といった性行為想起させる技名考案されていた 。ボーニンによると、従来格闘ゲームではプレイヤー防衛回りがちだったことから、本作においてはプレイヤー挑発的な攻撃するように仕向けるため、キルメーターシステムが導入された。 E31998に出展した際、本作はその残虐性性的な表現から、出展作の中で最も注目集めた 。さらに、本作エンターテインメントソフトウェアレイティング委員会 (ESRB)によってAO (Adults Only,18歳未満提供禁止)に指定されており、過激な暴力表現理由AO指定となったケースとしては本作初めてである。AO指定となると小売店での発売難しくなるため、ボーニンとヴァージン・インタラクティブはゲーム内表現マイルドにしようとしていた。 本作1998年10月発売する予定であり、ヴァージン・インタラクティブはコンピュータゲームにおける暴力表現反対する者に本作サンプルを送ることを計画していた。その矢先1998年8月北米法人エレクトロニック・アーツがウェストウッドゲームズを買収したことに伴い、ウェストウッドゲームズ傘下にあったヴァージン・インタラクティブもEA一部となり、本作販売権EA移った本作内容精査し結果EA役員会暴力的過ぎて販売すべきではないという判断下した本作のシニアプログラマーのデビッド・オールマン(David Ollman)はこの時点本作99%が完成しており、 F.U.B.A.Rや S&Mといった続編準備進んでいたと話している 。ヴァージン・インタラクティブ買収から2週間後、EA本作開発打ち切り言い渡しアイドスはじめとするほかのパブリッシャーへの販売認めなかった。 ウェストウッドスタジオの設立者ルイス・キャッスル(Louis Castle)は「EA[中略]は、ゲームテレビや映画よりも暴力表現がきついという汚名をそそぎたかったのだろう」("EA...was working hard to overcome the industry stigma of games as a more violent medium than film or TV.")と推測している。プロデューサーKevin Mulhallによると、本作開発チーム面々EAから直接このことを知らされておらず、インターネット記事読んでこのことを知ったとされている。 後年インタビューにおいてMulhallやオールマンパラドクス元スタッフは、ゲーム暴力反対する連邦上院議員ジョー・リーバーマンEAつながりがあり、それがEA判断結び付いたではないか推測している 以上のことから、本作小売店での販売実現しなかったものの、開発者によってインターネット上ROMイメージ英語版)が流出英語版)したことにより、インターネット上で人気博しダウンロード相次いだその後本作パラドクスによって、ラップグループ・ウータン・クランを題材としたWu-Tang: Shaolin Style英語版)に作り替えられ1999年アクティビジョンからPlayStation用ソフトとして世に送り出された。また、本作のために開発されエンジンX-Men: Mutant Academy2000)、 X-Men: Mutant Academy 2( 2001Rock 'Em Sock 'Em Robots Arena2000)といった複数タイトル採用されパラドクスにとって重要なものとなった

※この「開発の顛末とその後」の解説は、「Thrill Kill」の解説の一部です。
「開発の顛末とその後」を含む「Thrill Kill」の記事については、「Thrill Kill」の概要を参照ください。

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