著書『社会の進化』
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「ベンジャミン・キッド」の記事における「著書『社会の進化』」の解説
1893年に脱稿し、1894年に出版した『社会の進化』の印税収入によって、キッドは職を辞することができた。短期間のうちに、彼は無名の事務員から、長い間そうなるべく努力を重ねてきた、国際的に有名な社会的預言者へと姿を変えた。 キッドは、『社会の進化』 を、非常に重要な内容をもつものであるという「自信と信念 (self-confidence and conviction)」によって著した。この本や、それに続いた彼の著作の大きな主題は、宗教が「フィランソロピーと参政権の拡大を進める主要な営力 (the chief agency in promoting philanthropy and the political enfranchisement)」であるということろにある。これと対照して、キッドは、理性を「利己的で近視眼的 (selfish and short-sighted)」だと考えていた。 「進化と自然主義 (evolution and naturalism)」が、宗教的信念のいくつかの側面を危うくさせていた当時、彼の本は時を得て出版された。キッドは最新の発見を説明に織り込み、活用して、ひとつの信念を述べている。キッドは、「社会進化論者、ないし、社会的ダーウィニスト (social darwinist)」と位置づけられている。「社会の進歩 (social evolution)」という表現は、1853年に最初に用いられた。それは、生物の進化についての新しい理論と社会の進化についての理論を並置するものであった。キッドは、これらの並行性について、1902年の『ブリタニカ百科事典 第9版』第5巻の序文に寄せた「進化論の社会理論への応用 (Application of the Doctrine of Evolution to Sociological Theory)」で論じている。 『社会の進化』は、いくつもの版を重ね、様々な言語に翻訳され、ドイツ語(1895年)、スウェーデン語(1895年)、フランス語(1896年)、ロシア語(1897年)、イタリア語(1898年)、中国語(1899年)、チェコ語(1900年)、デンマーク語(1900年)、アラビア語(1913年)でも出版された。日本語では、1899年に、角田柳作による翻訳『社會之進化』が開拓社から刊行された。その後、1925年には佐野学の訳による『社会進化論』が而立社から刊行された。日本語では、『社会の進化』、『社会進化論』のほか、『社会進化』の書名で言及されることがある。 この本が成功した理由のひとつは、その「社会主義に対する暴力的な攻撃 (violent attack on socialism)」にあり、それが比較的保守的な人々にアピールした。この本はまた、宗教関係者にもアピールした。キッドは、西洋文明の「生活条件の平等化を目指した現代駅進歩 (modern progress toward the equalization of the conditions of life)」が、キリスト教によって生み出された「利他主義が生む膨大な基金 (immense fund of altruism)」によって成立していると説いた。 この本が成功した3つめの理由は、キッドが労働者が平等な権利と機会を獲得するという未来予想を描いたことにあった。この楽天的な展望は、金ぴか時代にあって、しばしば「昇進の希望もほとんどないまま、苦役の生活に縛られている (consigned to lives of bitter toil with little hope for advancement)」労働者たちにアピールした。
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