葉の背腹性のメカニズム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/29 19:41 UTC 版)
シロイヌナズナの葉における向背軸形成に関わる転写制御。向軸側で働く遺伝子は背軸側で働く遺伝子の、背軸側で働く遺伝子は向軸側で働く遺伝子の転写を互いに抑制することにより、葉の向軸面、背軸面がそれぞれ異なるアイデンティティを持つようになる。各因子の名称は次の通り;AS1/2: ASYMMETRIC LEAVES1/2, HD-Zip III: Homeobox-Leucine Zipper III, ARF3/4: AUXIN RESPONSE FACTOR3/4, PRS: PRESSED FLOWER, WOX1: WUSCHEL-RELATED HOMEOBOX, KLU: KLUH, KAN: KANADI, YAB: YABBY, tasiR-ARF: trans-acting siRNA(低分子RNA)。なお、miR165/166はマイクロRNAの一種。 コリウス Coleus sp.(シソ科)の茎頂。中央のシュート頂に対し、その外側に並ぶ葉の中央に近い方向が「向軸側」、外側の方向が「背軸側」である。A: 前形成層、B: 基本分裂組織、C, G: 成長した葉原基、D: 毛状突起、E: SAM、F: 発生中の若い葉原基、H: 腋芽、I: 維管束の一部(葉跡)。スケールバーは0.2 mm。 葉はシュート頂分裂組織(shoot apical meristem、茎頂分裂組織、以下 SAM)の側方に小さな突起である葉原基として生まれる。葉の向背軸はこの葉原基で決定される。葉原基の向軸側はSAMに隣接する細胞に由来するが、背軸側はSAMから遠い側に由来する。葉原基をSAMとの間を横断するように切り込みを入れると葉が棒状になるように、葉の向背軸が確立されるためにはSAMから交流が必要であり、SAMからのシグナルにより向軸側のアイデンティティが形成される。 向軸側のアイデンティティはARP遺伝子群によりもたらされる。ARP遺伝子群が発生途中の葉において、KNOX1遺伝子群の発現を抑制する(発現抑制維持を補助する)ことによって、多くの植物において葉の正常な向背軸パターン形成に機能する。 また、向軸側の葉の発生はHD-Zip III遺伝子群にも依存しており、PHABULOSA (PHB)およびPHAVOLUTA (PHV)といったHD-Zip III遺伝子群の発現は葉原基の向軸側にのみ分布しており、これが葉の全体で異所的に発現してしまうと、背軸側の組織が向軸側の特性を持つようになる。背軸側でも異所的にPHB が発現する変異体でが、普通向軸側にのみ形成される腋芽が葉の基部の向背軸両側に生じるようになる。逆にこれらの遺伝子がともに向軸側で機能できない変異体では向軸側の性質が失われるが、片方のみが機能欠損した状態ではそうはならず、PHB とPHV は向軸側のアイデンティティ形成に対して冗長的な機能を持っていることが示唆されている。また、このHD-Zip III遺伝子群は向軸側のアイデンティティ形成に働くため、背軸側では miR166 というmiRNA(マイクロRNA)により消去される。miRNA はその標的遺伝子の転写産物との間に相補配列をもち、塩基対を形成することでmRNAの分解を促進し、翻訳・発現を抑制する。葉原基の背軸側における miR166 の発現が PHB と PHV の転写産物を減少させ、正常な背腹軸のパターン形成を生み出す。 向軸側で働くHD-Zip III 遺伝子群は背軸側で働く KANADI 遺伝子群と拮抗している。KANADIファミリーに属する転写因子は、背軸側の細胞アイデンティティの分化の中心として働く。KANADI に制御される背軸側の発生はオーキシン極性輸送と関連しており、ARF遺伝子ファミリーである ARF3 および ARF4 が背腹軸の運命を決定するのに必要である。 また、KANADI 遺伝子群と YABBY 遺伝子群はともに葉の背軸側の形成に働くという冗長的な機能を持つと考えられていた。YABBY 遺伝子ファミリーの多重変異体やYABBY 遺伝子群を過剰発現する植物では葉で背軸側の特性が向軸側の特性に置き変わる表現型となる。ただし、YABBY 遺伝子群はトウモロコシ Zea mays では葉の向軸側で発現しており、葉身の展開成長の促進に働き、アンボレラ Amborella trichopoda でも向軸側で発現するほか、一部の単子葉類では葉の中肋で葉の厚み方向に発現し、シロイヌナズナにおいても今では葉身の展開制御を促進し、SAM関連遺伝子の発現抑制をすることが明らかになった。 キンレンカの盾状葉の向軸面(背面) キンレンカの盾状葉の背軸面(腹面) 葉の向軸側、背軸側の両側の遺伝子の制御により、葉縁の細胞分裂活性が高くなることで向軸側と背軸側の境界部分が細胞分裂し、葉が成長する。また、キンレンカ(ノウゼンハレン) Tropaeolum majus のもつ盾状葉は、葉の背軸を規定する遺伝子が葉原基の基部では葉の向軸側に発現しているため、細胞分裂活性の高い領域が円形になることによって形成される。
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