能勢電鉄妙見の森ケーブル
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妙見の森ケーブル(みょうけんのもりケーブル)は、かつて能勢電鉄が兵庫県川西市で運営していた黒川駅からケーブル山上駅に至るケーブルカー路線である。正式な路線名称は鋼索線(こうさくせん)であるが、国土交通省監修の『鉄道要覧』に路線名称は記載されていなかった。なお、2013年(平成25年)3月16日に妙見の森ケーブルと改称するまでは妙見ケーブルの通称を使用していた[3]。
注釈
- ^ 標準軌の日本のケーブルカーは、当ケーブルカーの他に2023年時点で当ケーブルカーの旧・上部線の機材を転用して開業した十国峠十国鋼索線(十国峠ケーブルカー)があるのみであり、当ケーブルカーが廃止されたことで十国峠ケーブルカーが日本国内で唯一の標準軌のケーブルカーとなった。
- ^ a b 週末の土曜日を除く平日[6]。
- ^ 年始の臨時運行は、2010年は1月3日までである一方、2011年は1月10日までになるなど曲折しながら、6・7日間であった時期を経て2015 - 2016年頃には3日間に収斂していった[8][9][10][2]。
- ^ 計画線の大部分は山間地であり建設には比較的多額の工費を要し、開業の初期においては収支相償し難きと申請書に記載されている[13]
- ^ 日付不詳。
- ^ なお、出典の『川西市史 第3巻』568頁での「免許は、終戦後の昭和24年、ケーブルカー再建のために設立された能勢妙見鋼索鉄道株式会社が昭和25年に受けていたものを譲り」との記載にもかかわらず、昭和25年5月18日の鉄道敷設免許取得および昭和27年4月4日の鉄道譲渡許可の各時点における監督官庁の『運輸公報』[29][30]では、申請者はいずれも「能勢妙見鋼索鉄道株式会社発起人」と記されており、株式会社が設立された形跡が見当たらない(代表発起人である新海哲之助は能勢電気軌道株式会社の当時の社長)。
のちに鉄道免許を手放すことに至った事情については、免許を譲受・取得した側の能勢電気軌道を主に記述した資料からは定かに認められないが、事業資金を集められなかったことが考えられる。
出典
- ^ a b c d e f けいてつ協會『知られざる鉄道』JTB〈JTBキャンブックス〉、1997年、184頁。ISBN 4-533-02660-5。
- ^ a b c d e 妙見ケーブル 2015年12月・2016年1月運行カレンダー - ウェイバックマシン(2015年12月31日アーカイブ分)
- ^ a b 妙見山の各施設が生まれ変わります! (PDF) - 能勢電鉄ニュースリリース、2013年2月28日
- ^ a b c 妙見山で展開する「妙見の森関連事業」の営業終了の繰上げ および 鋼索線(ケーブル)の廃止繰上届の提出について (PDF) - 能勢電鉄 2023年9月22日
- ^ a b 「妙見山ケーブル、約100年の歴史に幕 惜別のファンが長い列」『毎日新聞』毎日新聞社、2023年12月3日。2023年12月4日閲覧。
- ^ 妙見ケーブル・リフトおよび妙見山クッキングセンターの冬期営業について(能勢電鉄株式会社 2005年11月30日) - ウェイバックマシン(2005年12月30日アーカイブ分)
- ^ a b c d 鋼索線及び索道線の冬期運転休止について(能勢電鉄株式会社 2006年11月15日) - ウェイバックマシン(2007年1月9日アーカイブ分)
- ^ 妙見ケーブル・リフト・クッキングセンター冬期の営業日について(能勢電鉄株式会社 2009年11月10日) - ウェイバックマシン(2010年3月14日アーカイブ分)
- ^ 妙見ケーブル・リフト・クッキングセンター冬期の営業日について(能勢電鉄株式会社 2010年11月19日) - ウェイバックマシン(2011年2月24日アーカイブ分)
- ^ 妙見ケーブル 2012年12月・2013年1月運行カレンダー - ウェイバックマシン(2013年1月1日アーカイブ分)
- ^ 『年末年始の鉄道運転ダイヤについて』(プレスリリース)阪急電鉄株式会社・能勢電鉄株式会社(連名)、2022年12月1日。 オリジナルの2022年12月10日時点におけるアーカイブ 。
- ^ 『『妙見の森』の営業に関するご案内』(プレスリリース)能勢電鉄、2022年2月1日 。2023年8月4日閲覧。
- ^ 「吉川村東谷村間延長線敷設免許ノ件」『第十門・地方鉄道及軌道・二、地方鉄道・妙見鋼索鉄道・巻一・大正十一年~大正十五年』
- ^ a b 『妙見山で展開する「妙見の森関連事業」の終了および 鋼索線(ケーブル)の廃止届の提出について』(PDF)(プレスリリース)能勢電鉄、2023年6月23日 。2023年6月24日閲覧。
- ^ a b 能勢電鉄株式会社の鉄道事業(鋼索鉄道)を廃止する届出 近畿運輸局(2023年6月23日)
- ^ 「能勢電鉄、妙見山事業撤退へ ケーブルカー廃止を届け出」『日本経済新聞』2023年6月23日
- ^ 能勢電鉄株式会社の鉄道事業(鋼索鉄道)を廃止する届出に係る 廃止の日の繰り上げの是非の通知について (PDF) - 国土交通省 2023年9月12日
- ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1922年2月20日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 『地方鉄道及軌道一覧 : 附・専用鉄道. 昭和10年4月1日現在』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 『日本全国諸会社役員録. 第42回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 川西市史編集専門委員会『川西市史』第三巻、兵庫県川西市、1980年、p.283
- ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1927年7月23日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ No.11「黒川妙見山間工事竣功期限延期ノ件」『第十門・地方鉄道及軌道・二、地方鉄道・妙見鋼索鉄道・巻一・大正十一年~大正十五年』
- ^ No.12「黒川妙見山間工事竣功期限延期ノ件」『第十門・地方鉄道及軌道・二、地方鉄道・妙見鋼索鉄道・巻一・大正十一年~大正十五年』
- ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1925年8月10日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 「鉄道免許失効」『官報』1937年2月5日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ a b 川西市史編集専門委員会『川西市史』第三巻、兵庫県川西市、1980年、p.386
- ^ a b c d 川西市史編集専門委員会『川西市史』第三巻、兵庫県川西市、1980年、p.568
- ^ a b 「鋼索鉄道敷設免許状下附について(鉄道監督局)」『運輸公報』第43号、運輸省大臣官房、1950年5月26日、366頁、NDLJP:9645060/4“昭和25年5月18日能勢妙見鋼索鉄道株式会社発起人新海哲之助外7名に対して鋼索鉄道敷設免許状を下附した”
- ^ a b 「鉄道譲渡許に可ついて【編集者注:原文ママ】」『運輸公報』第142号、運輸省大臣官房、1952年4月18日、107頁、NDLJP:9645161/3“昭和27年4月4日能勢妙見鋼索鉄道株式会社発起人新海哲之助外7名から能勢電軌道株式会社に対して滝谷、妙見山間鋼索鉄道(免許線)を譲受することを許可した”
- ^ a b 国土交通省鉄道局監修『鉄道要覧』平成十八年度版、電気車研究会・鉄道図書刊行会、p.189
- ^ a b c 森口誠之『鉄道未成線を歩く〈私鉄編〉』、JTB、2001年、p.178
- ^ 「譲渡(地方鉄道 )」『私鉄統計年報 昭和31年度』、日本法制資料出版社、1958年2月25日、10頁、NDLJP:2473339/20。
- ^ 川西市史編集専門委員会『川西市史』第三巻、兵庫県川西市、1980年、p.571
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