漣 (吹雪型駆逐艦)とは? わかりやすく解説

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漣 (吹雪型駆逐艦)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/17 01:11 UTC 版)

(さざなみ)は大日本帝国海軍駆逐艦一等駆逐艦吹雪型(初雪型)の19番艦。特型駆逐艦[1]。吹雪型の後期型(朧型)[2]。特II型の9番艦。この名を持つ帝国海軍の艦船としては、雷型駆逐艦」に続いて2隻目[2]。戦後、海上自衛隊たかなみ型護衛艦さざなみ」が就役した。


  1. ^ #日本軍艦集2600年版p.45『一等驅逐艦 潮(うしほ) 基準排水量1,700噸、長さ113.2米、幅10.3米、平均吃水2.97米、速力34節、備砲12.7糎砲6門、魚雷發射管9門、起工昭和4年12月24日、進水昭和5年11月17日、竣工昭和6年11月14日、建造所浦賀船渠株式會社 ― 特型驅逐艦。一文字名前のものには、このほかに、曙、朧、漣、雷、電、暁及び響の七隻がある。』
  2. ^ a b #幕末以降帝国軍艦写真と史実p.160『吹雪型(十六隻) 艦種 一等驅逐艦 艦名考 風波等気象に採る。|朧型(八隻)/朧(おぼろ)【二代】、曙(あけぼの)【二代】、潮(うしほ)【二代】、漣(さざなみ)【二代】、響(ひびき)【二代】、雷(いかづち)【二代】、電(いなづま)【二代】、暁(あかつき)【二代】 (要目建造日略)』
  3. ^ a b c d 第二次大戦駆逐艦総覧 2000, p. 192.
  4. ^ a b c #艦船要目公表範囲(昭和12年12月1日)p.4『漣|一等駆逐艦|(艦要目略)|舞鶴工作部|5-2-21|6-6-6|7-5-19|(艦装備略)』
  5. ^ a b #艦船要目公表範囲(昭和12年12月1日)p.4『響|一等駆逐艦|(艦要目略)|舞鶴工作部|5-2-21|7-6-16|8-3-31|(艦装備略)』
  6. ^ #日本軍艦集2600年版p.45『一等驅逐艦 響(ひびき) 基準排水量1,700噸、長さ113.2米、幅10.3米、平均吃水2.97米、速力34節、備砲12.7糎砲6門、魚雷發射管9門、起工昭和5年5月21日、進水昭和7年6月16日、竣工昭和8年3月31日、建造所舞鶴海軍工廠 ― 特型の建造は響を以て打切られたが、堂々23隻の大型驅逐艦の整備は世界に誇るものがある。』
  7. ^ #支那事変第8回功績(7駆)p.1『自昭和十五年四月二十九日|第二艦隊第四水雷戦隊 對事変内地待機勤努』
  8. ^ #支那事変第8回功績(7駆)p.1『自第一艦隊第一水雷戦隊 對事変内地待機勤努』
  9. ^ #支那事変第10回功績(7駆)p.1『自7月18日至11月31日|第一航空艦隊第一航空戦隊 對事変内地待機勤務』
  10. ^ #支那事変第10回功績(7駆)p.1『8月12日旧司令渋谷大佐転任、新司令小西大佐ノ部下ニ属ス』
  11. ^ #内令昭和16年9月(1)p.3『内令第九百九十七號 驅逐隊編制中左ノ通改定セラル 昭和十六年九月一日 海軍大臣 及川古志郎 第七驅逐隊ノ項中「朧、」及「、漣」ヲ削ル』
  12. ^ #支那事変第10回功績(7駆)p.1『自9月1日至9月24日漣単独駆逐艦トナル/9月1日ヨリ朧単独駆逐艦トナル』
  13. ^ #支那事変第10回功績(朧)p.1『自9月1日至11月20日|聯合艦隊第五航空戦隊ニ属シ戦隊諸訓練ニ従事シツヽ対事変待機』
  14. ^ #支那事変第10回功績(漣)p.1『9月25日七駆ニ復帰』
  15. ^ #内令昭和16年9月(4)p.21『内令第千百十九號 驅逐隊編制中左ノ通改定セラル 昭和十六年九月二十五日 海軍大臣 及川古志郎 第七驅逐隊ノ項中「潮」ノ下ニ「、漣」ヲ加フ』
  16. ^ #随所作主35頁
  17. ^ #随所作主38頁
  18. ^ #随所作主39頁
  19. ^ #戦藻録(1968)53頁
  20. ^ a b c #戦史叢書26海軍進攻作戦376-377頁『ジャワ攻略の兵力上の問題点』
  21. ^ #戦史叢書26海軍進攻作戦240-241頁
  22. ^ #戦史叢書26海軍進攻作戦443頁
  23. ^ #戦史叢書26海軍進攻作戦450頁
  24. ^ #戦史叢書26海軍進攻作戦451頁
  25. ^ #戦史叢書26海軍進攻作戦461頁
  26. ^ Brown. Warship Losses of World War II
  27. ^ #祥鳳日誌(5)p.7『18日1605前進部隊指揮官(略)前進部隊本日ノ出撃要領左ノ通定ム 一.愛宕出港時刻1700/二.出撃順序(イ)一〇駆七駆八駆四戦隊ノ順序(以下略)』
  28. ^ a b c d e #戦史叢書29北東方面184-185頁『前進部隊の作戦』
  29. ^ #祥鳳日誌(5)p.15『21日0630 2F長官→祥鳳艦長7dg司令|2F機密第5611番電 一.祥鳳艦長ノ7dgニ對スル指揮ヲ解ク7dgハ單独横須賀ニ回航セヨ/二.4dgハ祥鳳ニ合同横須賀入港迄同艦長指揮ヲ受ケ警戒ニ任ズベシ』-『21日0955祥鳳→2F長官|0955嵐野分本艦ニ合同1142十八節1300針路200度速力九節1400』
  30. ^ #戦史叢書南東方面海軍作戦(1)268頁
  31. ^ #戦史叢書南東方面海軍作戦(1)283頁
  32. ^ #戦史叢書南東方面海軍作戦(1)284頁
  33. ^ #第6戦隊日誌(4)p.25『1215漣ヲ分離シ速ニ祥鳳沈没位置(デボイ子ノ59度52.5浬)ニ急行急行生存者救助ニ当ラシム』
  34. ^ #第6戦隊日誌(4)p.27『1930漣ハ1530現場着日没迄ニ祥鳳艦副長以下百名ヲ救助シ更ニ救助続行中ト報ズ』
  35. ^ #戦史叢書南東方面海軍作戦(1)285頁
  36. ^ #S1704六水戦日誌(7)p.9『一八五五|(司令官)6sd|漂白セヨ附近ニ溺者アリ|海上ヨリ「夕張」及「助ケテ呉レ」ナル声ヲ聞キ附近ニ祥鳳遭難者アルモノト認メ行進ヲ停止ス』
  37. ^ #S1704六水戦日誌(7)p.17『〇六二八|睦月|(司令官)6sd|テ|昨日彌生ノ救助セシ祥鳳乗員左ノ如シ 一飛曹奥川登、二曹岡崎虎吉』
  38. ^ #S1704六水戦日誌(7)p.9『一九〇二|彌生|(司令官)6sd|我短艇ヲ卸シ全員ヲ救助ス|漣内火艇祥鳳乗員救助中自艦ノ位置ヲ失セルモノ来ル漣ニ通知皈艦セシム』
  39. ^ #五航戦日誌昭和17年5月p.6『5月9日翔鶴ハ避退ノ途次主力部隊ニ編入呉回航ヲ命ゼラレ夕暮漣及第15駆逐隊ノ警戒下ニ5月17日1830呉着修理整備ニ従事ス』
  40. ^ #第5艦隊日誌AL作戦(1)pp.43-44『(一)麾下(指揮下)艦船部隊ノ行動』
  41. ^ #第5艦隊日誌AL作戦(1)p.35『五.軍隊区分 一.第一軍隊区分(攻略作戦概成迄)|主隊-指揮官:直率、兵力:那智、2D/21dg、主要任務:全作戦支援|第二機動部隊-4Sf司令官、4Sf、2D/4S、7dg、(帝洋丸)、AOE・AOI・AOB空襲・敵艦隊補足撃滅』
  42. ^ a b 戦史叢書第62巻 中部太平洋方面海軍作戦<2>昭和十七年六月以降、103ページ
  43. ^ D’Albas. Death of a Navy: Japanese Naval Action in World War II.
  44. ^ #戦史叢書中部太平洋方面海軍作戦(2)83頁
  45. ^ #戦藻録(1968)170頁
  46. ^ #戦藻録(1968)175頁
  47. ^ #戦史叢書中部太平洋方面海軍作戦(2)140頁
  48. ^ #戦史叢書83ガ島戦15頁
  49. ^ #戦史叢書中部太平洋方面海軍作戦(2)155頁『米潜に襲撃された「大和」』
  50. ^ #戦藻録(1968)177-178頁『トラック入港に際し大和危く米潜の難を免る』
  51. ^ #S1709第八艦隊日誌(2)p.9『第七駆(曙欠)|九-一二|GF電令作第二六八號ニ依リ外南洋部隊ニ編入』
  52. ^ #S1709第八艦隊日誌(2)p.15『漣、潮|九月十二日|弾薬機材輸送』
  53. ^ #戦史叢書83ガ島戦58頁
  54. ^ #戦史叢書83ガ島戦103頁『奇襲隊のガ島陣地砲撃』
  55. ^ #S1709第八艦隊日誌(2)p.15『川内敷波吹雪涼風|九月十二日|「ルンガ」沖ニ突入照射砲撃』
  56. ^ #戦史叢書83ガ島戦106頁
  57. ^ #S1709第八艦隊日誌(2)p.16『第七駆(曙缺)|九月十四日二一一五|「ルンガ」沖ニ突入陸戦協力ノ為砲撃ヲ行フ陸兵六〇〇糧食弾薬揚陸』
  58. ^ #S1709第八艦隊日誌(2)p.16『漣天霧|九月十七日|「カミンボ」ニ兵器戰薬糧食ヲ揚陸ス』
  59. ^ #戦史叢書83ガ島戦138頁
  60. ^ a b c #戦史叢書83ガ島戦141頁『二十日〜二十四日』
  61. ^ #S1709第八艦隊日誌(2)p.16『漣潮敷波夕立|九月二十日|戰薬糧食輸送』
  62. ^ a b #戦史叢書83ガ島戦144頁
  63. ^ #S1709第八艦隊日誌(2)p.9『第四駆(二小隊欠)陽炎 第七駆|九-二三|GF電令作第三〇七號ニ依リ外南洋部隊ヨリ除カル』
  64. ^ #昭和17年9月〜大鷹詳報(1)p.5『1340転輪羅針儀故障ノ為附近航行中ノ駆逐艦漣ニ水路嚮導ヲ依頼ス』
  65. ^ #S1709大鷹詳報(1)p.28『4日|一.駆逐艦曙漣警戒呉ニ向ケ出港 二.警戒航行|一.1045大鷹機密第040705番電(大鷹時津風漣)行動予定GF参謀長横鎮参謀長宛報告』、p.29『損傷箇所修理ノタメ4日トラック発呉ニ回航14日呉着』
  66. ^ a b #戦史叢書中部太平洋方面海軍作戦(2)322頁『三式戦闘機(陸軍)の輸送』
  67. ^ #S1815四水戦日誌(2)p.9『16日、27dg(白露欠)ハGF電令作第593号ニ依リ3S(指揮官)ノ指揮下ノ下ニ3S、7S(最上欠)、2sf(龍鳳)五十鈴雲鷹冲鷹7dg16dg(雪風)浜風谷風涼風清波新月等ト共ニ横須賀初、21日「トラック」着』
  68. ^ #戦史叢書中部太平洋方面海軍作戦(2)299頁『「満潮、秋月」損傷して内地回航』
  69. ^ #戦史叢書中部太平洋方面海軍作戦(2)373頁
  70. ^ a b c #戦史叢書96ガ島撤収後261-263頁『経過概要と南東方面部隊等の作戦指導』
  71. ^ a b c d e f g #戦史叢書96ガ島撤収後267頁『外南洋部隊の作戦』
  72. ^ #S1804第14戦隊日誌(2)p.43『(1)当隊「トラック」ニ於テ防備警戒ニ従事中ノ処GF電令作第691號及UNB電令作第八號ニ依リ、当隊「クェゼリン」ニ進出ノ途次日枝丸富士山丸ヲ率ヒ陸軍第一二二聯隊(「マーシャル」方面増援隊人員物件)ノ急速輸送任務ニ従事3日1500「トラック」発(「トラックヨリ250浬圏迄漣警戒護衛)7日0700「クエゼリン」着』
  73. ^ #S1809佐伯防備隊日誌(1)pp.7-8『十(金)|(天候略)|(略)四.自1300至1447 第二哨戒配備A(雲鷹曙漣隼鷹谷風入泊)(略)』
  74. ^ #戦史叢書中部太平洋方面海軍作戦(2)403-404頁『「大鷹」被雷航行不能』
  75. ^ #S1806二水戦日誌(3)p.80『26日1630冲鷹|冲鷹大鷹島風漣横須賀着(略)』、p.95『26日|島風白露冲鷹大鷹護衛任務終了横須賀着』
  76. ^ #ラバウル空襲時摩耶被害(2)p.33『一.各部隊指揮官ハ左ノ隊艦ヲシテ11月30日頃「PT」発「NAA」ニ回航セシムベシ 瑞鳳冲鷹雲鷹摩耶七駆浦風|二.瑞鳳艦長ハ回航中右部隊ヲ指揮スベシ』
  77. ^ a b c d #戦史叢書中部太平洋方面海軍作戦(2)529頁『米潜水艦の跳梁と「冲鷹」の被雷沈没』
  78. ^ #S1812三水戦日誌(2)pp.15-16『21日0819GF長官(宛略)|一.曙漣ヲNTBニ編入ス 二.30dg(卯月)太刀風ヲGF附属ニ編入ス 速ニPTニ回航スベシ』
  79. ^ a b #戦史叢書96ガ島撤収後442-443頁『作戦輸送の再会』
  80. ^ #S1812三水戦日誌(2)pp.18-19『24日1700漣駆逐艦長(宛略)漣曙1700RR着』
  81. ^ #S1812三水戦日誌(5)p.22『1月1日漣(宛略)本日午前ノ戦斗ニ於テ撃墜セルB-24捕虜三名捕獲セリ地点ガゼレ岬120度10浬受取リニ来ラレ度』
  82. ^ a b #戦史叢書96ガ島撤収後487-488頁『一月、二月の駆逐艦輸送』
  83. ^ #S1812三水戦日誌(5)p.47『1月8日0946GF参謀長→1月8日(1300)NTF|1月15日附左ノ通編入(復帰)ノ予定/一.第四駆逐隊(野分、舞風、山雲)NTB編入/二.漣、曙HPB復帰/三.伊号第五潜水艦NTB編入』
  84. ^ #S1812三水戦日誌(5)p.12『自1月14日至1月17日 漣曙、国洋丸健洋丸船団自「ラボール」至「トラック」間護衛』
  85. ^ #S1812三水戦日誌(5)p.56『1月13日1103國洋丸(宛略)14日正午漣曙ト合同後ノ行動予定左ノ通(以下略)』
  86. ^ #S1812二水戦日誌(3)p.15『島風(略)11日32dg(早波)ト共ニ日本丸船団護衛ノ為「パラオ」発/12日船団ニ会合14日同船被雷撃(略)16日命ニ依リ「パラオ」帰着』
  87. ^ #戦史叢書中部太平洋方面海軍作戦(2)533頁
  88. ^ #S1812三水戦日誌(5)pp.18-19『(四)一時指揮下ニ入リタル艦船部隊|十四日北緯三度三十分東経一四一度三四分ニテ沈没ス、4dg十五日附SYBニ編入セラル、7dg十八日附SYBヨリ除カル』
  89. ^ #S1812三水戦日誌(5)pp.59-60『1月14日曙1217(宛略)北五度三〇分東一四一度三四分ニ於テ漣雷撃ヲ受ケ轟沈ス 14日1200我制圧中』
  90. ^ a b #S1812三水戦日誌(5)pp.67-72『1月17日1055曙(宛略)漣被雷状況 一.14日1200北緯5度30分東経141度34分ニ於テ漣曙右戦闘単梯陣開距離5000速力十六節針路七十度ニテ國洋丸船団捜索中漣左正横約?米ノ至近距離ヨリ雷撃(約六本)ヲ受ケ前部ニ2本後部ニ1本命中何レモ爆発次デ前部火薬庫誘発艦橋前並ニ後部五区附近ヨリ切断シ約二分ニテ沈没セリ/二.曙制圧中1215至近距離ニ潜望鏡発見突入攻撃セルモ繰返シ故障(過日ノ爆撃ニ依ル)ノ為掃蕩意ノ如クナラズ効果不明使用爆雷29個/三.(イ)救助人員(機密第141708番訂正)准士官以上機関長軍医長航海長通信士機関長附(隊附)以下五名(何レモ健)下士官兵八四名(内死亡三名重傷者九名軽傷者二二名)/(ホ)戦死 准士官以上菅少佐(二四六五)以下十一名隊附候補生高原哲史(六五八三)ヲ含ミ下士官兵一四三名』
  91. ^ 昭和19年1月10日付 海軍辞令公報(部内限)第1296号」 アジア歴史資料センター Ref.C13072095200 
  92. ^ 『駆逐艦漣 乗員と遺族の手記』 151項
  93. ^ #S1812三水戦日誌(5)p.61『1月14日1546GF司令長官(宛略)國洋丸曙島風ハ建洋丸船団ニ加入(護衛)PTニ回航スベシ』
  94. ^ #戦史叢書中部太平洋方面海軍作戦(2)533頁
  95. ^ #S1812二水戦日誌(3)pp.10-11『(3)32dg(早波) (略)11日日本丸船団護衛ノ為「パラオ」発12日合同護衛中14日1252北緯05度02分 東経140度50分 / 北緯5.033度 東経140.833度 / 5.033; 140.833ニ於テ日本丸雷撃ヲ受ケ沈没敵潜攻撃効果不明ナルモ攻撃後探知音ヲ聞カズ 同日1645頃北緯05度22分 東経141度32分 / 北緯5.367度 東経141.533度 / 5.367; 141.533ニ於テ健洋丸雷撃ヲ受ケ沈没、曙ヲシテ国洋丸ヲ護衛セシメ早波ハ引続キ掃蕩ヲ実施』
  96. ^ #S1812二水戦日誌(3)p.13『(4)27dg(時雨、春雨)(略)12日春雨ハ日本丸船団護衛ノ為「トラック」発14日北緯05度44分 東経148度46分 / 北緯5.733度 東経148.767度 / 5.733; 148.767ニ於テ敵潜探知攻撃スルモ効果不明/16日国洋丸ニ合同護衛ノ上17日「トラック」着』
  97. ^ #S1812二水戦日誌(3)p.80『16日島風1100「パラオ」着』
  98. ^ #S1812二水戦日誌(3)p.11『15日早朝掃蕩ヲ止メ船団ニ向フ16日国洋丸曙春雨ニ合同』
  99. ^ #S1812三水戦日誌(6)p.66『1月17日(天候略)一.曙0801「トラック」着/二.水無月1405「トラック」着(壽山丸護衛)』
  100. ^ #内令昭和19年3月(1)p.18『内令第四百十三號 艦艇類別等級表中左ノ通改正ス|昭和十九年三月十日 海軍大臣 嶋田繁太郎|軍艦、巡洋艦二等球磨型ノ項中「球磨」ヲ削ル|驅逐艦、一等初雪型ノ項中「、漣」ヲ、同白露型ノ項中「、涼風」ヲ削ル』
  101. ^ #内令昭和19年3月(1)p.19『内令第四百十八號 驅逐隊編制中左ノ通改定セラル|昭和十九年三月十日 海軍大臣 嶋田繁太郎|第七驅逐隊ノ項中「、漣」ヲ削ル|第二十四驅逐隊ノ項中「涼風、」ヲ削ル』
  102. ^ #内令昭和19年3月(1)p.20『内令第四百二十號|呉鎮守府在籍 軍艦 球磨 右帝国軍艦籍ヨリ除カル|横須賀鎮守府在籍 驅逐艦 漣|佐世保鎮守府在籍 驅逐艦 涼風|右帝国驅逐艦籍ヨリ除カル|昭和十九年三月十日 海軍大臣 嶋田繁太郎』
  103. ^ a b 『官報』第1528号、昭和7年2月5日。
  104. ^ 『官報』第2027号、昭和8年10月2日。
  105. ^ a b c 昭和12年12月1日付 海軍辞令公報 号外 第99号」 アジア歴史資料センター Ref.C13072072700 
  106. ^ 昭和13年12月15日付 海軍辞令公報 号外(部内限)第273号」 アジア歴史資料センター Ref.C13072074800 
  107. ^ 昭和14年11月1日付 海軍辞令公報(部内限)第397号」 アジア歴史資料センター Ref.C13072076600 
  108. ^ 昭和15年11月1日付 海軍辞令公報(部内限)第550号」 アジア歴史資料センター Ref.C13072079300 
  109. ^ 昭和16年9月10日付 海軍辞令公報(部内限)第708号」 アジア歴史資料センター Ref.C13072082000 
  110. ^ 昭和17年7月20日付 海軍辞令公報(部内限)第903号」 アジア歴史資料センター Ref.C13072086300 
  111. ^ a b 昭和19年1月1日付 海軍辞令公報(部内限)第1292号」 アジア歴史資料センター Ref.C13072095200 
  112. ^ 昭和19年1月25日付 海軍辞令公報(部内限)第1303号」 アジア歴史資料センター Ref.C13072095400 


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