気仙沼大島大橋
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/13 20:49 UTC 版)
気仙沼大島大橋 (鶴亀大橋) |
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(大島側から撮影)
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基本情報 | |
国 | ![]() |
所在地 | 気仙沼市 |
交差物件 | 大島瀬戸 |
用途 | 道路橋、電気・水道 |
路線名 | 宮城県道218号大島浪板線 |
設計者 | 大日本コンサルタント[1] |
施工者 | JFE・橋本店・東日本建設工事共同体企業 |
着工 | 2013年(平成25年)9月5日 |
竣工 | 2017年(平成29年)3月21日 |
開通 | 2019年(平成31年)4月7日 |
座標 | 北緯38度52分43.2秒 東経141度36分22.3秒 / 北緯38.878667度 東経141.606194度座標: 北緯38度52分43.2秒 東経141度36分22.3秒 / 北緯38.878667度 東経141.606194度 |
構造諸元 | |
形式 | 鋼中路式アーチ橋 |
全長 | 356.000 m |
幅 | 9.5 m |
桁下高 | 32 m以上 |
最大支間長 | 297 m |
関連項目 | |
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式 |
気仙沼大島大橋(けせんぬまおおしまおおはし)は、宮城県気仙沼市の本土と離島である大島とを結ぶ道路橋である[2]。愛称は鶴亀大橋。全長356 m[3]。最大支間長は東日本で最長の297 m[4]。土木学会田中賞(作品部門)受賞。
概要
1967年(昭和42年)以来、大島への架橋は50年以上も望んで叶えられなかった悲願であったが[3]、2011年(平成23年)3月中旬に東日本大震災が発生すると、日本に、とりわけ東北地方の太平洋側3県(“被災3県”)を中心とした地域に災害復旧復興の機運が湧き上がるなか、大規模被災時の孤立化が避けられない大島[3]の置かれた状況も大きく変化し、「復興のシンボル」として宮城県を主体とした整備事業が推し進められる運びとなり[2][3]、大震災からおよそ8年後、橋本体の着工からは約4.5年後の2019年(平成31年)4月7日に開通した[5][2]。架橋事業の費用は、橋単体で約60億円[5]、総事業費は約270億円であった[5]。
歴史
2011年(平成23年)10月20日に宮城県庁で開催された第1回県道大島浪板線大島架橋設計検討委員会で、橋梁形式を中路アーチ橋にすることが決定された[6]。2012年(平成24年)4月に用地買収が始まり[7]、2013年(平成25年)1月23日に大島架橋事業起工式が[8]、2014年(平成26年)11月15日に橋梁本体の起工式が行われた[9]。また、本体工事起工式では施設の名称と愛称名が発表された[9]。
- 一般県道大島浪板線 - 愛称:気仙沼大島龍宮海道(けせんぬま おおしま りゅうぐうかいどう)
- 大島架橋 - 気仙沼大島大橋(けせんぬま おおしま おおはし)、愛称:鶴亀大橋(つるかめ おおはし)
- 二ノ浜1号トンネル - 浦島1号トンネル
- 二ノ浜2号トンネル - 浦島2号トンネル
- 磯草3号トンネル - 乙姫1号トンネル
- 磯草4号トンネル - 乙姫2号トンネル
- 磯草5号トンネル - 乙姫3号トンネル
2017年(平成29年)3月29日12時30分、気仙沼大島大橋の架設が完了[10]、10月17日に本体工事が終了した[11]。2019年(平成31年)1月4日、宮城県から同年4月7日15時に供用開始することが発表された[5]。
なお、それまで大島の暮らしを本土と繋いできた大島航路(気仙沼港と大島の間を運航する一般旅客船定期航路で、大島汽船が運営してきた)は、大橋の開通に合わせて、開通日の気仙沼港発19:00の最終便をもって1906年(明治39年)以来110年以上に亘る定期航路の歴史に幕を下ろした[12][13][14]。
年表
- 1917年(大正6年) - 架橋を切望する内容の島甚句(島節)「島と唐桑にそり橋かけて 渡りたいぞや今(もしくは 只)一度」は、もっと前からあったと見られるが[14]、『大島村誌』が編纂されたこの年に初めて記録された[14]。「唐桑」は本土にある唐桑半島のことで、島民が昔から架橋を望んでいたことが窺い知れる[14]。架橋の悲願は「1967年以来」と称されることが多いが、それはあくまで事業が具体化してからの話である。
- 1967年(昭和42年) - 宮城県勢発展計画に大橋の架橋事業が盛り込まれる[15]。
- 1987年(昭和62年)4月 - 気仙沼大島大橋架橋促進期成同盟会の結成[15]。
- 1993年(平成5年) - 基本ルートの決定[15]。
- 2008年(平成20年) - 架橋ルートの提示[15]。
- 2010年(平成22年)9月 - 村井嘉浩宮城県知事が、2011年度の事業着手を表明する[15]。
- 2011年(平成23年)
- 2012年(平成24年)4月 - 用地買収の開始[7]。
- 2013年(平成25年)1月23日 - 架橋事業の起工[8]。
- 2014年(平成26年)11月15日 - 橋梁本体の着工[9]。
- 2015年(平成27年)7月22日 - 大橋の開通に合わせて大島航路(気仙沼港・大島間の一般旅客船定期航路)が廃止されることが発表される[13]。
- 2017年(平成29年)
- 2018年(平成30年)7月 - 高欄・袂(たもと)・桁内部などへの照明の設置工事が完了[17]。
- 2019年(平成31年)
脚注
- ^ “気仙沼大島大橋”. 大日本コンサルタント. 2019年1月12日閲覧。
- ^ a b c d “『大島かけはし 第43号』、大橋架橋事業の歩み、ほか” (PDF). 公式ウェブサイト. 宮城県、気仙沼市 (2019年1月7日). 2019年4月23日閲覧。
- ^ a b c d e “「気仙沼大島大橋」が開通 開通は50年以上前からの悲願”. FNN PRIME(公式ウェブサイト). フジニュースネットワーク (FNN) (2019年4月8日). 2019年4月23日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “<回顧17みやぎ>(14完)気仙沼大島大橋/祝賀機運 行政水差す”. 河北新報 (河北新報社). (2017年12月29日) 2019年1月12日閲覧。[リンク切れ]
- ^ a b c d “気仙沼大島大橋の供用開始について” (PDF). 宮城県 (2019年1月4日). 2019年1月12日閲覧。
- ^ “大島かけはし 第21号” (PDF). 宮城県、気仙沼市 (2011年11月4日). 2019年1月12日閲覧。
- ^ a b “大島かけはし 第24号” (PDF). 宮城県、気仙沼市 (2012年6月1日). 2019年1月12日閲覧。
- ^ a b “大島かけはし 第26号” (PDF). 宮城県、気仙沼市 (2013年1月29日). 2019年1月12日閲覧。
- ^ a b c “大島かけはし 第32号” (PDF). 宮城県、気仙沼市 (2014年11月28日). 2019年1月12日閲覧。
- ^ a b “大島かけはし 第40号” (PDF). 宮城県、気仙沼市 (2017年3月31日). 2019年1月12日閲覧。
- ^ a b “大島かけはし 第41号” (PDF). 宮城県、気仙沼市 (2017年12月4日). 2019年1月12日閲覧。
- ^ a b “定期航路の歴史に幕”. 公式ウェブサイト. 大島汽船株式会社 (2019年4月). 2019年4月23日閲覧。
- ^ a b c “離島復興支えた大島旅客航路18年度に廃止”. 河北新報 (河北新報社). (2015年7月23日). オリジナルの2015年7月29日時点におけるアーカイブ。 2016年11月28日閲覧。
- ^ a b c d “<気仙沼大島大橋>4月7日開通、島民に期待と寂しさと 船での帰省は今年で最後に”. 河北新報 (河北新報社). (2019年1月1日) 2019年1月12日閲覧。
- ^ a b c d e f “<気仙沼大島大橋>開通日発表に住民歓喜「夢が現実に」”. 河北新報 (河北新報社). (2019年1月5日) 2019年1月12日閲覧。
- ^ “東日本大震災の被害状況”. 平成24年版 防災白書. 内閣府. 2017年9月14日閲覧。
- ^ “大島かけはし 第42号” (PDF). 宮城県、気仙沼市 (2018年8月31日). 2019年1月12日閲覧。
- ^ “気仙沼大島大橋の開通について”. 宮城県 (2019年1月4日). 2019年1月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年1月5日閲覧。
関連項目
外部リンク
気仙沼大島大橋(愛称:鶴亀大橋)
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「大島 (宮城県気仙沼市)」の記事における「気仙沼大島大橋(愛称:鶴亀大橋)」の解説
東日本大震災で島が一時孤立した経験から、気仙沼市鹿折と大島の間の大島瀬戸で「気仙沼大島大橋」(別名:鶴亀大橋)の架橋工事が進められ、アクセス路となる対岸の宮城県道218号大島浪板線拡幅と合わせて、2019年(平成31年)4月7日に開通した。県道大島浪板線自体も震災で壊滅的被害を受け、遅れが懸念されていたが、アプローチ道路を大震災の津波の高さよりも高いものにして、整備し直すこととなり、2012年(平成24年)1月27日に事業着手式が行われている。架橋はあらかじめ組み上げた橋梁本体をクレーン船で運んで架ける方式が選択され、フェリー運航の合間を縫って行う難しい工事になったが、日本最大級の巨大クレーン船「富士」(深田サルベージ建設)によって無事完工された。NHKの人気ドキュメンタリー番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』では「file:322 巨大クレーン船 ~男たちは、“希望”をかける~」と銘打って、工事に携わった技術者達にフォーカスを当てた内容が開通の月(2017年4月24日)に全国放送された。なお、クレーン船「富士」は大震災の時にも気仙沼港に駆けつけて復旧作業に従事した。
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