正義はもたらされたのか
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/30 03:25 UTC 版)
「モリー・マグワイアズ」の記事における「正義はもたらされたのか」の解説
一部の論者は、正義が全うされたと断言してきた。産業側のあるスポークスマンは、裁判後、次のように述べた。 無煙炭地方に、再び平和が戻ってきた。モリー・マグワイアズは、事実上死に絶えたのだ。無煙炭地方の住民は、今、ようやくもたらされた、この祝福された平和を満喫している。神の支配の下、正義は必ず全うされ、正しい者が勝利を収めるのだ。 そこまではっきりとは断言できない、とする者もいた。ホランとスウィゲットは、ピンカートン探偵社を擁護する立場から本を著し「何年もの間、悪者どもは悪事を企んできたが、ついに法の連中を捕らえたのである」と記した。しかし、モリー・マグワイアズに判決を下した裁判に対する彼らの評価は、多くの但し書きが付けられるものであることが、ある脚注によって示唆されている。彼らは、「当時のやり方や状況には、今日から見れば嫌悪すべきように思われるような面も、もちろん多々あった。」と記したが、この見解に付された脚注は次のように説明をしている。 裁判では、地区検事たちに対して、特別な支援がフィラデルフィア・アンド・レディング鉄道、リーハイ・アンド・ウィルクス・バール[石炭](Lehigh and Wilkes Barre)、リーハイ・バレー[鉄道](Lehigh Valley)から提供されていた。シュレーゲル教授は著書『Ruler of the Reading』の中で、「モリーズの裁判とその後の話は、[ゴウエンの]人生の出来事の中でも、最も信が置けないものである」と述べている。コロンビア大学のアラン・ネヴィンズ(Allan Nevins)、ヘンリー・スティール・コマジャー(Henry Steele Commager)両教授は、いずれも優れた学者であるが、シュレーゲル教授の研究と結論の真実性と健常性を一致して認めている。 ホランとスウィゲットは、他の論者が論じている点にも言及している。 …刑罰は行き過ぎであり、一部の被告の罪は、加わったというだけでしかなく、それも、自分の罪を軽くしてもらおうとした別の被告の証言で辛うじて支えられるような主張であった。 ボイヤーとモレスは、次のように述べている。 マクパーランドが証言に合意し、実際に証言したのは、ゴウエンが排除したいと望んだ者たちがいずれも、それぞれ様々な殺人事件への関与を、自由かつ自発的にマクパーランドに告白した、ということであった。マクパーランドの言葉は、郡内のあちこちの刑務所にいた、様々な収監者たちによって補強されたが、それに対する報酬は釈放であった。一連の裁判において、マクパーランドの証言を支えた者たちの中に、ケリー・ザ・バムの名で知られた、ありとあらゆる犯罪に手を染めたと自ら認めていた服役者がいた。またジミー・ケリガンという名の収監者は、その妻が彼自身の犯行だと証言した殺人事件について、AOHの一員だった坑夫を犯人として告発した。 『A History of American Labor』の著者ジョセフ・レイバックは、次のように述べている。 モリー・マグワイアズのエピソードは、この地域における労働組合運動のあらゆる痕跡を破壊するという明白に表明された目的のために、炭鉱経営者たちが意図的に作り上げたものである、という告発が、これまでにもなされてきた…このような主張を裏付ける証拠がある…いわゆる「犯罪の波」が無煙炭地方に生じたのは、ピンカートン探偵社がやって来てから後のことで…犯罪の被害者の多くは、労働組合の指導者たちや、普通の坑夫たちだった。[被告側に]敵対する証拠を提供したのは、ピンカートン探偵社のジェームズ・マクパーランドであり、それを補強したのは、自分の罪の免責を保証された男たちであって、証拠は不正で矛盾を孕んだものであったが、その効果は破滅的だった…裁判によって、無煙炭地方に残っていた労働組合運動を、一時的とはいえ破壊した…さらに重要だったのは、事件が民衆に与えた印象だった...坑夫の連中は本質的に犯罪者だ... 組合の立場からの見解は、1877年6月22日の『Miners' Journal』に次のように表明されていた。 彼らが何をしたというのだろう? 労働への対価が、ふさわしいものでないときに、ストライキを組織したということである。
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