本件発生に至る経緯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/06 04:28 UTC 版)
「白虎」は、2020年 (令和2年) 6月に竣工した船首船橋型のロールオン・ロールオフ貨物船(RO-RO船)で、事故当時は船長A、一等機関士B並び二等機関士C他9名が乗り組み、追浜港(神奈川県)・神戸港(兵庫県)・苅田港(福岡県)の3港を3日間で一巡する定期航路に就航していた。事故当日は神戸港を16時30分に出港し、瀬戸内海を西航して翌日28日5時30分に苅田港に入港する予定だった。 一方、「ULSAN PIONEER (ウルサン・パイオニア) 」は、韓国の興亜海運が所有し、船籍をマーシャル諸島に置くケミカルタンカーで、事故当時は韓国人8人(船長含む)とミャンマー人5人が乗っていた。酢酸を搭載して中華人民共和国江蘇省南京市を5月25日8時32分に出港し、28日午後に大阪港に入港する予定だった。 また事故現場となった来島海峡は瀬戸内海中部の海峡であり、潮の流れは時に10ノットに達し、鳴門海峡・関門海峡と並び、日本三大急潮に数えられる海の難所として知られていた他、2016年の海上保安庁通航船舶実態調査によると、通航隻数は1日平均429隻と船舶交通の要衝であった。来島海峡は見通しが悪い地形であるだけでなく、潮流が速いことにより時に操船不能に陥ることもある。そのため、通常の海上衝突予防法ではなく、ローカルルールである海上交通安全法が適用される。また海峡の一部では来島海峡航路が設定されている。馬島と小島の間を「西水道」、馬島と中渡島の間を「中水道」と呼び、潮の流れる方向によって通過する水道が異なる(順中逆西)。事故当時は南流であったため、白虎は西水道を航行したあと来島海峡航路の左寄りを航行しており、ウルサン・パイオニアは安芸灘東方を同じく来島海峡航路へ向けて航行していた。 ところで海上衝突予防法では船舶は原則として「右側通航」と定めており、事故の発生した来島海峡航路の出入り口付近は海上交通安全法の定める「順中逆西」による左側通航から、海上衝突予防法の右側通航へ戻るために進路が交差する危険個所であった。 衝突の結果、白虎は左舷後方に破口を生じて、衝突から20分後の28日0時15分に転覆し、さらに2時間30分後の2時45分に衝突地点から西北西に2kmの水深約60メートルの海底に沈んだ。またウルサン・パイオニアは船首及び球状船首を圧壊した上、衝撃で海底に落ちたいかりが巻き上げられず、座礁を免れた。ウルサン・パイオニアはその後も現場海域に停泊したままだったが、6月7日朝に来島海峡を離れ、大阪南港に戻った。海上保安庁は業務上過失往来危険などの疑いで、双方の航行状況を調べており、5月29日からケミカルタンカーの外国人船員を数人ずつ上陸させ、任意の事情聴取を始めた。
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