海の難所
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/12/31 08:20 UTC 版)
ウェサン島の端にあるモレーヌ島は、有史以来恐れられる海域であった(『モレーヌ島を見た者は己の苦痛を知る』ということわざがある)。島の周囲では数多くの船が難破したが、最も強い印象を残したのはオーシャン・ライナーのドラムンド・カースル号(fr)の遭難である。1896年6月16日の夜、ピエール・ヴェルト(Pierres Vertes、緑の石)と呼ばれる岩に船底を打ち付けた後、フロムヴール水道(ウェサン島とモレーヌ島の間)に船は約15分で沈没した。ほとんどがイギリス人であった361人の乗客乗員のうち、生存者は3人だけであった(乗客248人、乗員113人)。モレーヌ島民たちは救難作戦中に卓越した働きをし、島に打ち上げられた多くの遺体を手厚く扱った。これをヴィクトリア女王が感謝し、300 m3の容量がある真水を備蓄するタンク、時計、そして島の教会のために宝石で飾られた金製の聖杯を贈った。 1996年、ドラムンド・カースル号沈没事故100年の記念行事がモレーヌ島とウェサン島で開催された。イギリス女王エリザベス2世は友情と感謝の印として、モレーヌ島民にイギリス旗を贈った。
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海の難所
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/24 15:10 UTC 版)
阿波の鳴門は利根川河口や伊良湖渡合とともに日本の海の三大難所とされた。 海峡は主要航路ではあるが可航幅が約500 mと狭く、強流時などには通峡を見合わせて潮止まりを待つように、徳島海上保安部が船舶に注意を促している。2002年(平成14年)から2006年(平成18年)の5年間で裁決のあった海難事故は15件で、そのうち8件は大鳴門橋直下で、うち5件は強潮流による圧流や操船不能などが原因となっている。
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