天井画の状態
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/02/19 14:46 UTC 版)
「システィーナ礼拝堂壁画修復」の記事における「天井画の状態」の解説
1979年に行われた事前実験の結果から、システィーナ礼拝堂のフレスコ壁画は天井画を筆頭に、すべてロウソクのロウと油煙による煤汚れ(無定形炭素)の層で覆い尽くされていることが分かっていた。通風口の役割を果たす窓上部にあるルネットに描かれたフレスコ画は、屋外から流入する煤煙と排気ガスでとくに汚れており、天井画よりも汚染の度合いが酷かった。システィーナ礼拝堂の建物自体も若干不安定で、ミケランジェロが天井画制作に着手する1508年よりも前から傾いており天井に亀裂が生じていた。とくにユディトが描かれている三角形のペンデンティヴ (en:pendentive) の亀裂は大きく、ミケランジェロがフレスコ画に着手する前に、レンガとモルタルを使用して亀裂の修復作業が行われている。天井天頂部には亀裂だけでなく水漏れも生じており、ミケランジェロにとって絵画制作に適しているとはいえない環境だった。 屋根と外壁側面の渡り廊下からの水漏れが外壁のモルタルに含まれていた塩分を漏出させ、漏れた水が蒸発するとそのまま塩分だけが天井に沈着していった。この塩分がフレスコ画表面に悪影響を及ぼし、場所によっては顔料の気泡化、剥離化、白化の原因となっていた。ただし気泡化はそれほど重要視されてはおらず、顔料の変色、退色の方が大きく問題視されていた。これはミケランジェロの描いた天井画の大部分は顔料層が薄いために、塩分が画肌に蓄積されずにそのまま流れ落ちると考えられていたためだった。 システィーナ礼拝堂壁画の初期の修復家は、フレスコ画に自分たちの作業跡を残してしまっていた。たとえば水漏れの塩分による顔料の白化を防ぐために使用された獣脂や植物油は期待通りの効果をあげていたが、その一方でさまざまな汚れを吸着する粘着層にもなっていた。また、ペンデンティヴに描かれている人物像の名前が記された銘板を支える小さなプットー(幼い天使)には、亀裂から浸出する塩分の影響で丸い汚染みが画肌にはっきりと浮き出ていた。結晶化して沈着した塩分とは異なり、これらの汚染みは除去することができなかった。修復時に天井画の大部分で使用されたワニスと膠の層は時代とともに黒ずみ、徐々に不透明になっていった。過去の修復家たちは人物像の詳細部分を修復する際に、この黒ずんだワニスと膠の層の上から顔料を塗り重ねていった。この修復跡は、とくにルネット、スパンドレル、ペンデンティヴ下部に多く見られた。 天井画の詳細な状態調査の結果、亀裂、煤、塩分の沈着を別にすると、薄いフレスコ画肌の保存状態が非常に良好であることが判明した。コラルッチは、ヴァザーリが著書『画家・彫刻家・建築家列伝』に記した通り、ミケランジェロがフレスコ画の制作技法をこの上なく熟知していたと絶賛している。フレスコ顔料の大部分が漆喰に十分に固着しており、修正が必要な箇所はほとんど見当たらなかった。フレスコの顔料層が乗せられている漆喰層あるいは描画層 (en:intonaco) も大部分が安定しており、過去の修復家たちも顔料層を青銅のピンで固定するだけで修復を済ませていた。
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