大本神諭の正当性とは? わかりやすく解説

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大本神諭の正当性

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/25 15:03 UTC 版)

大本神諭」の記事における「大本神諭の正当性」の解説

大本神諭』は開祖・なお(直)の「お筆先」を王仁三郎編集したものであり、原文そのままではない。筆先にあった土俗性や神仏習合といった混沌整理され伝統的な日本神道への接近意図されている。筆先を書かせた神は「艮の金神国常立尊」の他にも天照皇大神、金勝要之神、竜宮の乙姫など複数存在した。「艮の金神」についても、綾部藩九鬼家に伝わる『九鬼文書-鬼門呪詞』の主神「宇志採羅根真大神(ウシトラノコンジン)」に由来するという説もある。なお(直)の死後王仁三郎九鬼隆治子爵、第21代)に宛てた書簡からもうかがえる。さらに『天理金光黒住、妙霊先走り、とどめに艮の金神現れて、世の立替えを致すぞよ』という表現もあり、なお(直)が先行した民衆宗教影響受けていることを示す。一方で、神諭の表現立教年代順と異なる。これは教義親縁性による順の可能性があり、王仁三郎大本神諭天理教神諭と比較して両者の関係考察した1916年大正5年12月入信した浅野和三郎は「皇道大本」の教義形成、神諭の研究没頭していた。1918年大正7年10月には『大本神諭略解』を発刊している。また王仁三郎筆先から神諭へと編纂したと言われているが、当事者である王仁三郎京都府警対し年月日組立等を、開祖なおに尋ね乍ら書いたのであるから、誌上の稿になったものと同じお筆先実際にはありません」』と大正8年発言している。第一次大本事件における当局追及に対しては、「筆先神霊現象人間責任はなく、皇道大本不敬意図はない」と釈明している。 王仁三郎は、開祖・なお(直)(厳霊)の役割洗礼者ヨハネ自身(瑞霊)をスサノオ/救世主位置づけている。1935年昭和10年)の第二次大本事件回顧した歌集1942年10月)では「筆先神々教祖に 懸かられて しるし玉ひし 神言なりけり」「御神諭は 毛筋横幅も 違はぬと 月座の教祖王仁三郎)は 宣らせ給ひぬ」「人皆を 昔の神の 大道改めたまふ 神諭の主意なり」「善心読めば善なり 悪神読めば怪しく 見ゆ筆先」と詠う王仁三郎による新教典『霊界物語第7巻総説では筆先について「1916年神島開き(みろく神啓示)前の筆先は御修行中の産物であり、未成品」と述べ12巻序文で「筆先神々言霊断片録したもの、演劇例える台詞書の抜書霊界物語は、その各自台詞書を集めて一つ芝居仕組む脚本筆先純然たる教典ではない」としている。第36巻序文においても、国常立尊は「大海潮水」であり筆先は「手桶汲み上げられ潮水」「神の演劇台詞書のみを抜き出したもの」と定義する平仮名のみの卑近なであっても神様意志表示に就ては毫末も差支ないものである」とした上で霊界物語は神諭を補完するものと述べている。なお(直)や王仁三郎の魂が国常立尊スサノオ全体ではなく、その一部分であるとした。 王仁三郎2つ和歌残した。 「みな人の 眠りにつける 真夜中に 醒めよと来なく 山ほととぎす」 「梅の花 一度に開く 時来ぬ叫び給い御祖畏し(みおやかしこし)」

※この「大本神諭の正当性」の解説は、「大本神諭」の解説の一部です。
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