取締役の対会社責任
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 03:39 UTC 版)
損失補填を行うことを決定した取締役らが商法上の善管注意義務及び忠実義務違反の責任を負うかどうかが問題となる。つまり、事前に契約等をしていないで事後的に財産上の利益を提供するわけであるから、義務無くして会社財産を流出させたことの責任が問われる可能性がある(根拠規定は商法266条1項5号)。この点については野村證券損失補填株主代表訴訟で争われているので、以下この訴訟について述べる。 事案は次のようなものである。野村證券は東京放送(TBS、現・TBSホールディングス)との間で平成元年4月、期間を平成2年3月までとする特定金銭信託契約(営業特金)を締結したが、平成2年2月末の時点で取引口座には約3億6000万円の損失が生じていた。大蔵省通達を受けて野村證券では営業特金解消のための交渉を始めたが、顧客から不満が寄せられたため3月13日の専務会において総額161億円の補填をすることを決定した。翌日それに従いTBSに対して外貨建ワラントの低廉譲渡と高値買取りの方法で補填を行い、損失は補填された。公正取引委員会は平成3年11月10日に野村證券らに対し不公正な取引方法の一般指定9号に該当し独占禁止法19条に違反するとして同法48条に基づき勧告を行い、野村證券らもこれを応諾した。野村證券の株主であった原告らが野村證券に対し代表取締役らの損失補填による損害賠償責任を追及する訴訟の提起を請求したが、訴えを提起しないので、平成4年4月10日、本件訴訟を提起した。 第一審(東京地裁判決平成5年9月16日)、控訴審(東京高裁判決平成7年9月26日)は本件の行為は証券取引法に違反するものではないとした上で取締役の義務違反を認めなかった。控訴審の判決文を引用すると、「結果的には取引関係の維持により実損害を生ずるおそれのない本件損失補填を決定・実施したことは、経営上の判断として裁量の範囲を逸脱したものとはいえず、野村證券に対する関係において善管注意義務、忠実義務に違反するような違法行為とはいえないものと認めるのが相当である」との判断である。上告審(最高裁判決平成12年7月7日)においてもその判断は維持され、取締役の会社に対する義務違反は認められなかった。 ただし、この判決では損失補填につき一切の法律違反が認められなかったわけではない。最高裁は独占禁止法19条に違反することを認めた上で(後述3.3)、取締役が損害賠償責任を負うには取締役に故意又は過失があることが必要であるとした。そこで、本件の事実関係では「その行為が独占禁止法に違反するとの認識を有するに至らなかったことはやむを得ない事情があったというべきであって、……過失があったとすることもできないから、本件損失補填が独占禁止法19条に違反する行為であることをもって、被上告人らにつき本規定(商法266条1項5号)に基づく損害賠償責任を肯認することはできない」と判断した。 本件判決は、取締役の責任について経営判断原則を適用して判断したものである。経営判断原則とは、取締役の善管注意義務違反の判断につき、それが合理的な経営判断によってなされたものであるときはその判断を尊重する原則をいう。具体的には、その判断をするに至った過程・判断内容の合理性などが検討される。もっとも、本件判決に対しては取締役の裁量を広範に認めすぎているとの批判もある。
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