他指揮者との共演
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NBC交響楽団はトスカニーニ以外、上述のロジンスキ、モントゥー、ストコフスキーに加えて、例えば以下の指揮者との共演も行っている。 10回以上の共演が確認されている指揮者 (初共演の順、()内は出演年) ディミトリ・ミトロプーロス(1938年、1941年、1945年、1949年) ブルーノ・ワルター(1939年、1940年、1951年、1957年)最後の共演は、シンフォニー・オブ・ジ・エアーになってからの、トスカニーニの追悼演奏会。 ジョージ・セル(1941年、1942年) フリッツ・ライナー(1942年、1946年、1949年、1950年、1951年、1952年) ユージン・オーマンディ(1944年、1951年、1952年) エーリヒ・クライバー(1946年、1947年、1948年) エルネスト・アンセルメ(1948年、1949年、1950年) グィード・カンテッリ(1949年、1950年、1951年、1952年、1953年、1954年) 10回未満の共演が確認されている指揮者 (初共演の順、()内は出演年) カルロス・チャベス(1938年)作曲家として名高い。 ハワード・ハンソン(1938年)作曲家として名高い。 ヒュー・ロス(1938年)後述のロバート・ショウや、ワーグナー合唱団を率いたロジェ・ワーグナーと並ぶ、アメリカの合唱指揮者の大御所である。 エイドリアン・ボールト(1938年) ベルナルディーノ・モリナーリ(1938年、1940年) ウィリアム・スタインバーグ(1938年、1939年、1940年) ハンス・ランゲ(1939年、1947年、1948年)ニューヨーク・フィルの副指揮者を務めていた。 アルベルト・エレーデ(1939年)NHK招聘のイタリア歌劇団公演で知られている。この時の出演は、ジャン=カルロ・メノッティの「泥棒とオールドメイド」世界初演の指揮であった(1939年4月22日)。 デジレ・デフォー(1939年、1942年) アルフレッド・ウォーレンスタイン(1941年、1947年) ロリン・マゼール(1941年)出演当時は11歳の少年であった。 エフレム・クルツ(1941年、1946年) フアン・ホセ・カストロ(1941年) アーネスト・マクミラン(1941年) ディーン・ディクソン(1942年)アメリカ初の黒人のクラシック指揮者である。 フランク・ブラック(1942年、1946年、1947年) ニコライ・マルコ(1942年) エーリヒ・ラインスドルフ(1942年、1948年、1950年)NBC響には指揮者として出演したほか、ピアノ協奏曲でないピアノを要する作品でピアニストとしても出演している。 マルコム・サージェント(1945年)出演中にイェフディ・メニューインと共演している(1945年2月25日)。 レナード・バーンスタイン(1946年)この当時はRCA専属。モーリス・ラヴェルのピアノ協奏曲を弾き振りで演奏した(1946年6月2日)。 ウラディミール・ゴルシュマン(1946年)NBC響では、ウィリアム・カペルとの録音がある。 フランコ・アウトリ(1946年) アレクサンダー・スマレンス(英語版)(1946年) ロバート・ショウ(1946年) ファビエン・セヴィツキー(1946年)セルゲイ・クーセヴィツキーの親戚である。 ハンス・シュヴィーガー(1946年、1947年、1948年)ほんの短期間ながら、東京音楽学校で教鞭をとったことがある。 ウィルフレッド・ペルティエ(英語版)(1946年、1949年、1951年) オイゲン・シェンカー(Eugen Schenker)(1947年) ミルトン・ケイティムス(英語版)(1947年、1948年、1949年、1950年、1951年、1952年、1953年)NBC響のヴァイオリン奏者である。 アイズラー・ソロモン(1947年) アレクサンダー・ヒルスベルク(Alexander Hilsberg)(1948年、1951年)ロシアからの亡命音楽家で、長くフィラデルフィア管弦楽団のコンサートマスターを務めた。 マッシモ・フレッチャ(1948年、1951年、1952年) シグマンド・ロンバーグ(1949年、1950年)ミュージカル作曲家として名高い。 アーサー・フィードラー(1949年) アンタル・ドラティ(1949年) イオネル・ペルレア(1950年、1952年) ワルター・デュクロ(1951年) ピーター・ハーマン・アドラー(1951年) フランク・ミラー(1952年)NBC響の首席チェロ奏者である。 ワルター・ヘンドル(1952年、1953年) リチャード・クーン(1952年) トーマス・シッパーズ(1952年)オペラ指揮者としても名高いが、早世した。 フランク・ブリフ(1953年) ドン・ギリス(1953年)NBC響のプロデューサーである。 シャルル・ミュンシュ(1954年) 楽団の性質上、RCAで録音活動をしている指揮者が多い(上記のように、バーンスタインも出演時はRCA所属)。また、アメリカの地方オーケストラのトップを務める指揮者、及び世界的には馴染みが薄く、「無名指揮者列伝」の類に掲載されるような指揮者などが多数出演している一方、バーンスタインやマゼール、ドラティ、ミュンシュなど巨匠(後に巨匠になった人も含める)も出演している。ブラック、ケイティムス、ミラー、ヘンドル、ブリフ、ギリス、アドラーはNBC交響楽団の楽員及び関係者で、後に指揮者に転向した者もいる。来日した指揮者も多い。 なお、1937年頃近衛秀麿が副指揮者あるいは顧問としてNBC交響楽団に関与していたという情報があり、その頃録音されたとするヨハン・シュトラウスの「こうもり」のワルツも存在する。同じく顧問的立場だったストコフスキーとともに米国内の演奏旅行を計画していたとも言われる (en) (ただし、モーティマー・フランクやハーヴェイ・サックスの著作では確認できない)。
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