五輪優勝・世界記録達成とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > ウィキペディア小見出し辞書 > 五輪優勝・世界記録達成の意味・解説 

五輪優勝・世界記録達成

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 02:56 UTC 版)

高橋尚子」の記事における「五輪優勝・世界記録達成」の解説

2000年9月24日シドニー五輪女子マラソンでは、18km付近先頭集団抜け出しスパート一気集団ばらけるその後26km辺りからリディア・シモンルーマニア)と激しくデッドヒート演じるが、34km過ぎでかけていたサングラス沿道父親投げ飛ばしたと同時にスパートをかけてシモン突き放したスタジアムトラックシモン追い上げを受けるも、そのまま逃げ切り日本陸上悲願の優勝ゴールテープをきった。高橋の18kmから常にレース引っ張る走りは、ゴール後の笑顔とともに世界のマラソンファンに強い印象与えた五輪での金メダル獲得は、日本陸上64年ぶり(戦後初)であるとともに日本女子陸上においては史上であった。またゴールタイムの2時間2314秒は、ジョーン・ベノイトロサンゼルス五輪マークしたタイム16年ぶりに更新する五輪最高記録(当時)である。これらの功績により同年10月30日国民栄誉賞授与された。 2001年9月30日ベルリンマラソンでは、女子初の2時間20突破となる2時間1946秒の世界最高記録当時)で優勝前世界記録保持者テグラ・ロルーペケニア)の2時間2043秒で、1分近く更新であった高橋世界記録樹立での優勝は、女子初のサブ20達成での歴史的事象であるとともに日本女子マラソン初め世界記録更新した瞬間でもあった。高橋女子マラソン世界記録更新した、ただ一人日本人選手である。また、女子マラソン世界記録保持者が五輪金メダル獲得した選手としてはアメリカジョーン・ベノイトのみいるが、五輪金メダリストとして女子マラソン世界記録更新した選手高橋のみである。 2002年9月29日ベルリンマラソンにも出場。このレース通常より1ヵ月間短いマラソン練習臨みレース途中に足の肉刺を潰すアクシデントもあったが、2時間2149秒の記録2年連続優勝果たしフルマラソン6連覇達成した。この試みベルリン出走からわずか1か月半後の2002年11月17日東京国際女子マラソンへの出場睨んでいたためであった。しかし、東京レース数日前に胸の激痛引かないため診断した結果肋骨疲労骨折起こしていることが判明し欠場このため連覇を狙う五輪代表最短切符になる2003年パリ世界陸上断念することになった2002年12月小出積水化学退社今までと同じ小出指導体制継続するには諸々事情退社するしかなく、2003年2月積水化学退社することになった

※この「五輪優勝・世界記録達成」の解説は、「高橋尚子」の解説の一部です。
「五輪優勝・世界記録達成」を含む「高橋尚子」の記事については、「高橋尚子」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「五輪優勝・世界記録達成」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「五輪優勝・世界記録達成」の関連用語

五輪優勝・世界記録達成のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



五輪優勝・世界記録達成のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの高橋尚子 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS