主題・作品意義
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最終巻の執筆が概ね出来上がっていた1970年(昭和45年)9月の時点で三島は、第三巻以降への流れについて、現世の人間が〈これが極致だ〉と思考したことが、第三巻で〈空観、空〉の方へ溶け込まされるとし、その〈残念無念〉の感覚を設定するには、第一巻と第二巻を戦前に設定させて、第三巻で一度〈空〉が生じ、〈それからあとはもう全部、現実世界というのはヒビが入ってしまう〉流れとなり、それが次元は違うが、〈現実世界の崩壊〉を〈戦後世界の空白〉のメタファとなると語っている。 僕にとっても、戦後世界というのは、ほんとに信じられない、つまり、こんな空に近いものはないと思っているんです。ですから仏教の空の観念と、戦後に僕がもっている空の観念とがもしうまく適合すればいいんですけれどもね。小説としてはもう完全に下り坂になるわけです。そこからはもう「絶対」もなんにもない。 — 三島由紀夫「文学は空虚か」(武田泰淳との対談) そして三島は〈空を支える情熱〉は、信仰以外にはないとしつつ、信仰者や信仰になったら小説ではなくなるので、第四巻の主人公を〈悪魔的〉にし、〈空を支えるのが、空観という形で、悪魔の仕業のように考える〉方法にしたと説明している。 また同時期に、〈第四巻の幸魂は、甚だアイロニカルな幸魂で、悪(自意識の悪)が主題ですが、最後の本多の心境は、あるひは幸魂に近づいてゐるかもしれません。(中略)この全巻を外国の読者に読んでもらふとき、はじめて僕は一人の小説家とみとめられるであらうと、それだけがたのしみです〉とドナルド・キーン宛てに三島は説明している。 自死の一週間前には、『豊饒の海』の主題と終局について三島は以下のように語っている。 絶対者に到達することを夢みて、夢みて、夢みるけれども、それはロマンティークであって、そこに到達できない。その到達不可能なものが芸術であり、到達可能なものが行動であるというふうに考えると、ちゃんと文武両道にまとまるんです。(中略)あの作品では絶対的一回的人生というものを、一人一人の主人公はおくっていくんですよね。それが最終的には唯識論哲学の大きな相対主義の中に溶かしこまれてしまって、いずれもニルヴァーナ(涅槃)の中に入るという小説なんです。 — 三島由紀夫「三島由紀夫 最後の言葉」(古林尚との対談) ちなみに、恩師の清水文雄宛てへの最後の書簡では、〈小生にとつては、これが終ることが世界の終りに他ならない〉とし、以下のように述べている。 カンボジアのバイヨン寺院のことを、かつて「癩王のテラス」といふ芝居に書きましたが、この小説こそ私にとつてのバイヨンでした。書いたあとで、一知半解の連中から、とやかく批評されることに小生は耐へられません。又、他の連中の好加減な小説と、一ト並べにされることにも耐へられません。いはば増上慢の限りでありませうが……。 — 三島由紀夫「清水文雄宛て書簡」(昭和45年11月17日付)
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