ロシア帝国の主張とは? わかりやすく解説

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ロシア帝国の主張

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/06 13:40 UTC 版)

第三のローマ」の記事における「ロシア帝国の主張」の解説

第三のローマ」としてもっともよく知られるモスクワ第三のローマである」という神学的政治的な主張は、15世紀から16世紀モスクワ大公国形成された。 この主張が行われた理由として、東方正教会統合のための神学的な必要性必然性正教スラヴ文化で結びついた東スラヴ人結束論じ社会政治モスクワ大公(後にはツァーリ)の正教における主導性主張という3点あげられる。これによって早くから大公強く結びついた教会は、ロシアにおける専制政治成立統治大きな役割果たした1393年オスマン帝国により第二ブルガリア帝国首都タルノヴォ陥落すると、一部ブルガリア人聖職者ロシア逃れた後述する通りタルノヴォは既に第三のローマ称されており、このときにローマ継承者という思想もたらされた。トヴェリ大公ボリス・アレクサンドロヴィチ時代、僧フォマ1453年著作"The Eulogy of the Pious Grand Prince Boris Alexandrovich" でトヴェリ第三のローマだと主張された。 メフメト2世による1453年5月29日コンスタンティノープルの陥落から数十年のうちに、東方正教圏ではモスクワを「第三のローマもしくは新しローマ」とする動き出始めた。 これを象徴的に示したのが、ロシア・ツァーリ国イヴァン3世とその妻ゾイ・パレオロギナ(ソフィア・パレオロゴス)だった。ゾイ最後ビザンツ皇帝コンスタンティノス11世パレオロゴスの姪だった。当時ヨーロッパにおける世襲君主制継承法に従えばイヴァン3世は一旦消滅した東ローマ帝国継承主張することができたが、伝統的にローマ帝国帝位そのような自動的な継承認められるものとはみなされていなかった。 また重要なのは、ゾイより上位帝位継承権を持つとみなせる弟アンドレアス・パレオロゴス1502年まで存命だったという点である。しかもアンドレアスは、彼の王位帝位に関する権利アラゴン王フェルディナンド2世カスティーリャ王イサベル1世売却している。すなわち厳密に考えると、ロシアのツァーリビザンツ帝国継承主張し得ないのである。しかし一方でロシア神学的観点からも強い主張持っている東方正教信仰有無は、正教徒にとっては自らを「野蛮人」と区別する重要なアイデンティティだった。ロシアキエフ・ルーシ988年ウラジーミル1世によって正教改宗した後、皇帝の娘を妃に迎えた最初の「野蛮人となったコンスタンティノープル帝位は、正教圏にのみ継承されるという意識があったのであるモスクワローマ継承者とする考えは、ヴァシーリー3世対すロシアの僧フィラフェイ・プスコフスキーの賛辞文章によって具現化された。 これは「2つローマ陥落し第三のローマ興隆した。そして第四はないだろう何人もキリストツァーリに取って代わることはできない!」と主張したのである誤解されがちだが、この時フィラフェイは 具体的には街としてのモスクワよりも国家としてのモスクワ大公国ひいてはロシアの地を「第三のローマ」として意識している。ちなみにモスクワは、ローマコンスタンティノープル同様に7つの丘の上建設されている。 こうした理論は、1492年モスクワ総主教ゾシムスの「パスカリオンについて」(ロシア語: "Изложение Пасхалии")まで遡ることが出来る。 オーストリアヨーゼフ2世は、即位する少し前の1780年ロシア訪れている。彼と会話交わしたロシア皇帝エカチェリーナ2世は、ビザンツ帝国復興して1歳の孫コンスタンチン・パヴロヴィチをその帝位につけるという野望を真剣に抱き始めたその際ヨーゼフは、自らがカトリック圏との仲介役になれると述べている。

※この「ロシア帝国の主張」の解説は、「第三のローマ」の解説の一部です。
「ロシア帝国の主張」を含む「第三のローマ」の記事については、「第三のローマ」の概要を参照ください。

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