ルネサンスとヒューマニズムの政治思想
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「中世ヨーロッパにおける教会と国家」の記事における「ルネサンスとヒューマニズムの政治思想」の解説
大きくはルネサンスと宗教改革によって中世普遍思想は崩壊していった。福田歓一によれば、ルネサンスと宗教改革においてただちに近代世界が誕生したわけではないが、普遍世界から地域国家への変換、そして資本主義が誕生し、またゲルマン世界を起点にするとルネサンスは中世文化の最終段階とみなすことができる。そして宗教改革は、中世世界の基本である宗教においての根底的な変換であった。西ヨーロッパの中世普遍世界においての頂点であったイタリアにおいてルネサンスが開始し、辺境にあったドイツにおいて宗教改革が開始し、ルネサンスと宗教改革という二つの文化運動はそれぞれ中世普遍世界に対立するものとして形成されていった。ルネサンスは宗教を頂点とした中世の理想を崩し、人間の営む文化の自律性を明らかにし、宗教改革では内面の確信を根拠として人間の良心の自律が主張され、国民的個性も生み出されていった。なお、ルネサンスの時期については広がりがあり、ダンテからガリレオ・ガリレイまでを収めれば、300年以上にわたる時期となるし、9世紀のオットー朝や11世紀のクリニュー改革、12世紀ルネサンスといった見方もあるが、いずれにしてもルネサンスをゲルマン世界の古典古代継承の最後の段階と見ることができる。また、教皇がルネサンス芸術の保護者であったことも忘れてはならない。 ルネサンスにおいては人間の生活感情が解放され、現世の喜びが目的となし、神の秩序から解放された人間本位のヒューマニズムが誕生した。また、同時に自然も宗教から解放されたが、これはトマス・アクィナスのような自然でもなく、近代の機械的な自然でもなく、神秘的な自然観がうまれ、安定した秩序が崩壊したことで人間にとって運命が不可解なものとなっていった。 また、政治認識については、現世化された社会における剥き出しの人間の力の交錯が、宗教的な正統性や規範から解放されて、政治を自律したものとみなす現実主義が生まれた。このような認識において国家はcivitasともrepublica(レス・プブリカ)とは異なるstato(国家)とみなされるようになる。statoはラテン語statusに当たるもので、「状態」を意味するものであったが、この時代、特にマキャヴェッリの国家論において、支配する権力、また権力機構を指すようになった。 ルネサンス時代には、マキャベリのstato(国家)は芸術作品ともみなされ、ヒューマニズムが構想したものとしてのトマス・モア、カンパネッラなどのユートピア思想も生まれた。この他、フランスのモンテーニュ、オランダのエラスムス、ドイツのフッテンなどがいる。
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