リユニオン期(1993年 - 2005年)
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「アクセプト (バンド)」の記事における「リユニオン期(1993年 - 2005年)」の解説
バンド解散後に発表されたライヴ・アルバム『ステイング・ア・ライフ』の好評を受け、1993年にアルバム『オブジェクション・オーヴァールールド』を発表し再結成を果たす。 この再結成は歓迎をもって迎えられ、スピードにこだわったこのアルバムは欧州・米国での好セールスを記録する。しかしスタジオではともかく、ライヴでも2人目のギタリストを加入させず、彼らの特徴でもあったツイン・ギターが再現されなかった。ウドはそれに不満を持ち、2013年のインタビューにおいて当時のことを「俺にとって、アクセプトのサウンドは常に2人のギタリストがいることが前提だったから、既に新しい問題が起こっていた」と振り返っている。 1994年の再結成2作目に発表したアルバム『デス・ロウ』は、時代に合わせたようなモダン・ヘヴィネスに転向する。さらにカウフマンの体調が再び悪化し、ステファン・シュヴァルツマン(当時ランニング・ワイルド〜U.D.O.)のサポートでツアーを何とか終える。 1996年にはドラマーにアメリカ人のマイケル・カーテロンを迎え、再結成3作目のアルバム『プレデター』を発表するが、その後バンドは再び解散。なお、『プレデター』制作時にウドはカウフマンをギタリストに転向させ、2人目のギタリストとしてバンドに戻すことを提案したが、ホフマンに却下されている。 2度目の解散後、ウドとカウフマンはU.D.O.を再結成。ホフマンは写真家としての活動の傍ら、1997年にソロ・アルバム『クラシカル』を発表。バルテスはジョン・ノーラムのアルバムに参加するなど、幅広くセッション活動をしている。 2005年、ロシア・日本・欧州ツアーのため再々結成。ここではステファン・シュヴァルツマンのほか、ハーマン・フランクを久々に呼び戻し、再びツイン・ギターの構成であった。
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リユニオン期(1997年 - 2017年)
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「ブラック・サバス」の記事における「リユニオン期(1997年 - 2017年)」の解説
1997年、正式にオリジナル・メンバーでの再結成を果たす。以降、当ラインナップ以外でブラック・サバスとは名乗らないと宣言。1998年にはライブ・アルバム『リユニオン』(スタジオ録音の新曲も2曲収録された)をリリースし、数年間にわたってツアー活動を行うが、新しいスタジオ・アルバムは制作しなかった。 2000年、楽曲「Iron Man」で『グラミー賞』受賞。2006年『ロックの殿堂』入り。この年でリユニオン体制の活動が停止。 2007年、トニー・アイオミが、10thアルバム『悪魔の掟』時代のメンバー編成(ロニー・ディオ、ヴィニー・アピス、ギーザー・バトラー、トニー・アイオミ)でツアーを行うと発表。ブラック・サバスとして事実上の変名「ヘヴン・アンド・ヘル」名義で活動する。 2010年、ロニーが他界し、ヘヴン・アンド・ヘルの活動が停止。 2011年11月11日11時11分、オジー・オズボーン、トニー・アイオミ、ギーザー・バトラー、ビル・ワードは、オリジナル・ラインナップの再始動を会見で発表した。しかし後に、ビル・ワードが契約の内容に不満を持ち、再結成に参加しないと表明する。今後のライブや創作は、代役を迎えての活動に移行。 2013年、18年ぶりのスタジオ・アルバム『13』をリリース。デビューから43年目にして、初めて全米ビルボードチャート1位を獲得。各国でも軒並み1位ないし上位にランクインした。 2014年、楽曲「God Is Dead?」で『グラミー賞』受賞。 2016年、バンドの最後となるワールドツアー「THE END」を開始。 2017年2月、バンド発祥の地・バーミンガムで最後を飾るラスト・ライブを開催。約50年に渡る活動の幕を閉じる。後日、トニー・アイオミは、将来復活する可能性に含みを残した。
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