オルロフ兄弟とその子孫とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > ウィキペディア小見出し辞書 > オルロフ兄弟とその子孫の意味・解説 

オルロフ兄弟とその子孫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/13 07:56 UTC 版)

オルロフ家」の記事における「オルロフ兄弟とその子孫」の解説

イワン・グリゴリエヴィチ・オルロフ(1733年 - 1791年)は、オルロフ四兄弟長兄1746年父グリゴリーの死後オルロフ家家督を継ぐ。弟達は、家長となったイワンを父同様に尊敬したイワン慎み深く質素な生活送りオルロフ家財産守った1762年クーデター後オルロフ家伯爵号授与され巨大な財産得たときにもイワン節度ある態度取り望めばどんな国家要職称号を受けることができたにも関わらず、これを峻拒した上でモスクワオルロフ家地所住み続けた。 四男、フョードル・グリゴリエヴィチ・オルロフ伯爵1741年 - 1796年)は、ロシア陸軍入り将軍にまで昇進する。彼は七年戦争頭角現し1762年クーデターに兄達とともに参加したクーデター後元老院議員首席財務官任命された。第一次トルコ戦争露土戦争 (1768年)、w:Russo-Turkish War, 1768-1774)では、グリゴリー・スピリドフw:Grigory Spiridov提督指揮下に入り、チェスマの海戦最初にトルコ軍戦列突破したひとりとなったその後トルコ艦艇18隻を捕獲し、これらの軍功によって聖エカテリーナ勲章受章し戦功記念してツァールスコエ・セローには記念碑w:Chesme Column建てられた。1775年公職辞し引退したフョードル正式な結婚はしなかったが、5人の庶子がいた。そのいずれも長じてエカチェリーナ2世によって貴族取り立てられ嫡出子とされた。 ウラジーミル・グリゴリエヴィチ・オルロフ伯爵1743年 - 1831年)は、オルロフ兄弟末子1762年クーデターの時は19歳であったため、4人の兄たち、「オルロフ四兄弟」とは区別される場合もある。兄たち末弟聡明であるとして、一層の教養を身につけさせるべくライプツィヒ大学入れた大学での勉学長くなかったにもかかわらず帰国後、エカチェリーナ2世によって科学アカデミー総裁任命された。ウラジーミルラテン語については、それほど重視せず、ドイツ語学習力点置いたウラジーミル自身ドイツ語は相当流であった総裁としてのウラジーミルペーター・シモン・パラス(w:Peter Simon Pallas)ら、外国学者多くロシア招聘している。 1767年エカチェリーナ2世ヴォルガ行幸随行しこの間様子紀行文著している。次兄グリゴリーが失寵後は、科学アカデミー総裁などの公職辞して領地退いた。 ウラジーミル・オルロフには、幾人かの子女がいた。娘のひとりは、ニキータ・ペトローヴィチ・パーニン伯爵(w:Nikita Petrovich Panin)に嫁いだウラジーミルの子息、グリゴリー・ウラージミロヴィチ・オルロフ伯爵1777年1826年6月22日)は、父に先立ち世を去ったが、その生涯は父同様、科学に身を捧げたものと言えよう。1799年11月アンナ・サルトィコワと結婚後、フランスイタリアスイス訪問したパリ滞在中、イワン・クルィロフw:Ivan Krylov著作フランス語翻訳している。アンナ夫人死後ロシア帰国主著イタリア史について著述し、ドイツ語、英語、イタリア語翻訳されたMémoirs historiques, politiques et littéraires sur le Royaume de Naplesや、音楽絵画主題としたHistoire des Arts en Italie、Voyages dans une Partie de la France, ou Lettres descriptives et historiques (1824年パリ出版)などがある。1809年1月25日ロシア科学アカデミー名誉会員となる。3人の庶子を遺した。

※この「オルロフ兄弟とその子孫」の解説は、「オルロフ家」の解説の一部です。
「オルロフ兄弟とその子孫」を含む「オルロフ家」の記事については、「オルロフ家」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「オルロフ兄弟とその子孫」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「オルロフ兄弟とその子孫」の関連用語

オルロフ兄弟とその子孫のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



オルロフ兄弟とその子孫のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaのオルロフ家 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS